福島の神待ち掲示板で「神」になろう

2018年7月12日

福島の神待ち掲示板に、神待ちの女性が続々と集まっているのをご存知でしょうか。

神待ちが「神待ち少女」だけを指す言葉ではなくなり、むしろ18歳以上の「大人の神待ち女性」のことを指す言葉になって以来、神待ち掲示板を利用する「神待ちの女性」の数は増加の一途をたどっているといっても過言ではないでしょう。

何らかの事情によって家がなくなってしまい泊まる場所がない女性、一時的な「家出」などで一夜の宿を探している女性などが、神待ち掲示板で神待ちをするという行為は今後もなくなることはないでしょうし、それは福島の神待ち掲示板においても例外ではありません。

むしろ、例外どころではなく、福島の神待ち掲示板は、神待ち女性たちのホットスポットにさえなりつつあると言うことができるかもしれません。

福島の神待ち掲示板では、神待ち女性たちが「神」の登場をいまかいまかと待ち構えている状況が続いていますから、このチャンスを逃すという手はありません。

福島の神待ち掲示板を使って、いますぐ神待ち女性の「神」になりましょう。

郡山の神待ち掲示板でエッチな神待ち女性を発見

19世紀後半の偉大な梅毒哲学者によって「神は死んだ」と宣言されて100年以上のときが過ぎた現在、郡山の神待ち掲示板に「神」を自称する私のような存在が登場したことを考えると思わず失笑してしまいそうにもなるのですが、「神は死んだ」からこそ現在の神待ち掲示板シーンにおける「神」の登場が許されたのだ、と、いささか牽強付会に言い切ってしまえるのではないか、とも思います。

というのも、神待ち掲示板シーンにおける「神」という存在は、きわめて地上的かつ身体的な存在であるという特徴を持つのであって、「神」の活動においてまず退けられるのは、魂/徳/罪/彼岸/真理/永遠の命といった超地上的な観念群になるわけです。

神待ち掲示板シーンにおける「神」という人間の行動原理は、神待ち掲示板を利用する神待ち女性とのめくるめくセックスの快楽という重大事によってのみ支えられているため、魂に代表されるような観念と付き合っている暇はありません。

それらの、付き合っている暇のない観念の中で最強のものが(本来の意味での)“神”であることは言うまでもないでしょう。

ですから、神待ち掲示板で「神」として活動するということは、「神は死んだ」という文脈のなかで語られる“神”を葬るということでもあるのかもしれません。そう簡単にバイ・バイ・ニーチェとはいかないものです。

神待ち女性のEさん

私のオマ○コとJAMJAMしたい方いませんか

さて、神待ち女性からの書き込みは、「神待ち掲示板のためのプロジェクション」の開始の合図でございます。

「神待ち掲示板のためのプロジェクション」という言葉を暴力的に要約しますと、神待ち掲示板で出会う神待ち女性との性行為を通して、地上に生を受けたみずからの「神」としての可能性を、クスコでもって膣腔を押し広げるようにして未来に向けて拡張する一連の営みを指す言葉、ということになるでしょう。

「神待ち掲示板のためのプロジェクション」においては、「神」としての存在や身体の起源を見つめるために、神待ち女性との創造的セックスによってもたらされるエクスタシーの非言語的な感動の地点から、身体の奥底で眠っている内触覚的宇宙を見出すことがひとまず目指されます。

神待ち女性が性行為中にあげる喘ぎ声や息づかい、男女の肉体がぶつかりあう音、および、それらの性的な音が「利用するラブホテル」という空間によって変化する音響、性行為による快楽の上昇/停滞/下降のダイナミックな運動のなかで変動するお互いの脈拍の律動や体温のゆらぎ、神待ち女性の肉体の隅々に五感を這わせることによって得られる身体の表面の微細なテクスチャーといったものが、「神待ち掲示板のためのプロジェクション」を構成する主要な要素、ということになるでしょうか。

神待ち女性がいない場合、私は「1人の奏者のためのプロジェクション」ことマスターベーションをすることしかできませんから、セックスのナラティヴィティを見出す「神待ち掲示板のためのプロジェクション」の構想を深めて実践していくためには、当然ながら神待ち女性の存在が必須となります。

今回書き込みを発見したこの神待ち女性のEさんのような女性は、まさに「神待ち掲示板のためのプロジェクション」にとって最もふさわしい存在ですから、自慰でもしようかと天上ペニスに伸びかけていた手持ち無沙汰気味の手で交渉の文言を急いで打ち込み、セックス・セッションが可能かどうかのメールを送信します。

男性器と女性器がジャムることをひたすらに欲していた神待ち女性Eさんからの返信は良好な手応えであり、「神」として最初に交渉をしたのが私だったということも重なって出会いの交渉は即座に成立。指定された待ち合わせ場所であるところの郡山駅西口駅前広場へと向かい、Eさんと合流します。

白地に黒のリボン柄のブラウスに黄色のカーディガンを羽織り、丸みを帯びた輪郭を柔らく包みながら胸元へとしだれかかるアプリコットブラウンのゆるやかな巻き髪は、その毛先の行方がブラウスに覆われたEさんの乳房のわずかな膨らみをなぞっていくようであり、つつましいちいさな乳房を愛でる気質を強く持つ私としては、Eさんに挨拶してその全身を視界に入れると同時に、その毛先が指し示す乳房の形状に欲情を禁じ得ず、激しい勃起、および、軽度のカウパー分泌を余儀なくされました。

セックスを前提とした待ち合わせでしたので、そのままラブホテルに直行してもよかったのですが、まずは、セックスの前の腹ごしらえということで、「味のじゅん天」でモツを食べながら軽く飲むことになりました。

相手となる神待ち女性がどのような雰囲気の女性なのか、神待ち女性が歩んできた人生の背景などは、セックスに反映されてそこから汲み取れるものでもあるのですが、酒を飲みながら神待ち女性の話を聞く時間もまた楽しいものなのです。

後背位で乱れるEさんの喘ぎ声がエロすぎた

後背位で乱れるEさんの喘ぎ声がエロすぎた

なんといっても、神待ち女性が箸で食べ物をつまんで口の中へと運んでいく一連の動作は、のちほどラブホテルで展開されるであろうフェラチオにおいて「きつね」のような指先でつままれてから頬張られることになる陰茎のことをおのずと想起させるのですし、口紅が塗られたことで性的魅力が増加されているぷっくりとした唇が開閉される光景はそれ自体がエロティックですから、単純な挿入までの時間を引き伸ばすばかりの「神待ち女性との食事」という時間は、きたるセックスへの期待を高める前戯の効果を持つことにもなるわけです。

それに、おしゃべりな神待ち女性であった場合、飲食の隙間をぬって間断なく行われる「しゃべる」という行為によって、伸縮しながら形を変え続ける口唇の動きが私の性欲を否応なくあおりたてることにもなります。

神待ち女性のEさんは、よく食べ、よくしゃべる女性であったので、めまぐるしく変化する口唇から垣間見えるエビの尻尾を思わせるような二本のかわいらしい門歯にフェティッシュな欲情を抱くことになりましたし、湿り気を帯びた舌が言葉にあわせて躍動するさまを見ていると、一刻もはやくその饒舌な口元に舌をねじ込んで絡み合わせて黙らせてしまいたいというディープキスへの熱情が燃え盛ります。

「話を聞く」などと書きましたが、何を喋っているかではなく、相手の身体の表面にどのような性的な徴が立ち騒ぐことになるか、ということばかりに意識を集中している私は、「聞く」というより「見ている」のかもしれません。

ほとんど無意識のうちに相手の発言に対して巧妙な相槌などを打ったりはしているものの、その実、脳と睾丸ではセックスの手触りのことばかり考えている、というわけです。

食後、ラブホテル「HOTEL CASTLE」へと移動した私は、食事中に抱いた性的欲求のすべてをEさんの肉体へとぶつけることになりました。

入室と同時に相手の唇を奪い、その肉体を衣服越しに撫で回し揉みしだくと、眺めて想像するばかりであったEさんの肉体の感触が実際にはどのようなものであるのか、という「肉体の音」が舌と掌から一気に流れ込んできます。

このときの、「想像上の感触」と「現実の肉体からもたらされる感触」の差異に驚くこと、そして、その思い込みではない手触りから改めて勃起しなおす、というところから私のセックスは開始されます。

彼女の毛先によって示唆されていた小さな乳房は、裸になってもその視覚の印象を裏切ることはなかったものの、実際に手の平で覆うと、そのなだらかさには見あわないような柔らかさに驚嘆することになりました。

また、彼女の門歯の裏側に舌を滑り込ませ彼女の口腔内をひととおり潜航するようにして探索をすると、彼女の口腔内において快楽的な感触をもたらすのは、眼に見える上顎の歯ではなく、下顎の前歯の不揃いな歯並びにある、という発見で口唇が痺れていきます。

見ただけでは知ることができなかった歯の性的感触は、キスだけではなく、もちろん、Eさんによるフェラチオの渦中において、彼女の舌の動きや頬肉の感触、喉奥からの吸引などと共犯関係を結ぶようにして機能しはじめる段階にいたって、その魅力を大いに発揮することになりました。

ミモレ丈のスカートに覆われて半分以上秘し隠されていた未開の下半身の感触が、瞬間ごとにEさんという女体の持つ新鮮な味わいと驚異を私に与え続けたことはもはや言うまでもないでしょう。

なだらかな乳房の曲線をフーガの技法によって反転させたような彼女の尻肉は、しかし、その弾力において明らかに乳房のそれとは違った質感を私の掌に与えたのであって、右手で彼女の乳房、左手で彼女の尻肉をそれぞれ撫で回したときに私の全身にさんざめいた女体のポリフォニックな響きは、天上から降り注ぐ音楽のように私のペニスを歓喜させたのです。

目視する段階では幼児体型のようでくびれなどまるでないと思われた彼女の腰回りも、後背位で彼女の膣中に挿入する段階にいたって、両手を彼女の腰回りにあてがったときにその肉の奥に描かれていた曲線を主張したのですし、その手触りを感じながら突き刺したペニスは、彼女の膣中ともともと「つがい」であったのではないかというような形状の相性の良さを前にして快楽で脈動し、あやうく、挿入と同時に射精しそうになってしまいました。

後背位で腰を激しくつきつけることで、私のもも肉とEさんの尻肉がはげしく衝突する音とEさんの喘ぎ声は次第にそのテンションを高めていき、「HOTEL CASTLE」の406号室に反響して二人を包み込むことになるのですが、このときの音は、私という「神」、Eさんという神待ち女性それぞれの肉体、そして、二人の出会いとセックス、利用したホテルの空間的特徴などが相まって、その場限りの一回性に満ちた音響効果を持つにいたりました。

セックスの轟音が響き渡り、いよいよ最高度に性的緊張が高まった膣内という小宇宙のなかに精液をはなつと、ホテル内には一瞬の静寂が訪れ、やがて、全身の細胞という細胞が快楽による総勃ちのスタンディングオベーションの喝采をあげ、今回の「神待ち掲示板のためのプロジェクション」は大成功をおさめることになりました。

このようなきわめて地上的な快楽と法悦に満ちた「神待ち掲示板のためのプロジェクション」を経験してしまうと、神待ち掲示板の利用はますますやめられなくなります。

「神待ち掲示板のためのプロジェクション」を続けていくにあたって、たとえば、性病感染リスクなどはつねにつきまといます。

しかし、「神」として活動することによってたえず生命を肯定しながら、身体的な快楽の生成のうちに“神”を屠る私ですから、かの偉大な梅毒哲学者の足元にも及ばないとはいえ、性病感染もやむなしといったところでしょうか。

むしろ、性病などを恐れていてはとても「神」を名乗る活動などはできません。神待ち掲示板を利用する「神」に必要なのは、きっと、度を超えた並外れた勇気なのです。

郡山の神待ち掲示板に啓示をうけた神待ち女性が登場

「規制によって18才未満の少年少女の神待ち掲示板の利用が禁じられている現在、郡山の神待ち掲示板に『神待ち少女』はいません。たとえ『神待ち少女』がいたとしても、『神待ち少女』に手を出すのは法的に非常に危険であるため、法的処置に弱い『神』の男性は『神待ち少女』との出会いを避ける場合がほとんどです。

ですから、さしずめ“神待ち少女ケニヤ”というようなタイトルをつけられることになるであろう『神待ち絵物語』、読みすすめる少年少女たちの胸を踊らせるばかりでなく、精通をむかえたばかりの包茎こどもペニスを隆起させ、一方、性に目覚めたばかりで乙女の純血をいまだに奪われていない処女たちの股間を濡らすような場面を多数持つ冒険譚である『神待ち絵物語』としての体験談を語ることは、現代においてはおそらく無理であると言わなければならないでしょう。

現代の郡山の神待ち掲示板における体験談は、『神待ち少女』ならぬ『神待ち女性』との体験談が主になるのですし、そこに残されているのは、少年少女の精神を失って久しいヤリたがりの『神』の男性のご都合主義の欲にまみれた考えと、なんらかの事情で金銭を媒介におのれの性を差し出すことを余儀なくされた『神待ち女性』による、性と金のおぞましい駆け引きのみなのです……」

神待ち掲示板の閲覧中、そんなことを独り言として自虐的に演説しながら、ご清聴ありがとうございます、どうもどうも、などと架空の聴衆のまばらな喝采に向けて手を振り、「男性」になってしまった悲しみでペニスの皮を引っ張るなどしておりましたら、次のような異質な書き込みが眼に飛び込んできました。

神待ち女性のYさん

郡山の神待ち掲示板を利用しなさい、という「神の声」が聞こえたのです

私が独り言の孤独な演説で述べたように、郡山の神待ち掲示板には「神待ち女性」しかいないのですが、この「神待ち女性」のYさんは、はたして、「少女」のまま肉体だけが成熟してしまった「神待ち女性」なのでしょうか。

いや、これが仮に中世オルレアンの神待ち掲示板であるならば、この神待ち女性が「少女」であり「処女」であることが確定するばかりでなく、「聖人」として扱われることにもなろうというものですが、ここが21世紀の福島県郡山の神待ち掲示板であることを忘れてはいけません。

「神待ち掲示板を利用しなさい」という啓示を受け取るような神待ち女性は、現代においてはおそらく「電波系」である可能性が強いでしょう。そうでない場合は、神待ち掲示板という場所を知って「冷やかし」で利用する女性によるいたずら的な書き込みかと思われます。

普段の私であれば、このような書き込みは無視して、もう少し見込みがありそうな神待ち女性の検索を続けることになるのですが、この日は虚空に向かって独り言で演説をぶつ程度には暇を持て余しておりましたので、ついつい「あなたに神待ち掲示板を利用しなさいという声を届けた『神』ですが、もしよかったら、啓示を通してではなく直に言葉を交わしませんか?」という交渉のメールを入れてしまいました。

しばらくすると、Yさんから「驚きました。よくこんな私にメールしてくださいましたね」という冷静な返信がきましたので、「やはり冷やかしだろうか」と思い、「はてさて、冷やかしの神待ち女性にメールを返してポイントを消費するべきだろうか」としばし悩んでおりますと、間髪入れずに「物好きな『神』のあなたを見込んで、ちょっとお願いがあるんですけど、お会いできませんか」というメールを受信することになりました。

この女性が電波系なのか冷やかしなのか、あるいはそのどちらでもない何者かなのかは、少しずつわからなくなってきました。

「私で良ければ相談に乗りますが……」というメールを送りますと、「では、郡山駅のマクドナルドで待っておりますので」と、出会うこと前提の有無を言わさぬ返信のなんともいえない迫力に圧倒されます。この段階で、私はこの特殊神待ち女性のYさんに強く惹き込まれていたのでしょう。

郡山駅のマクドナルドに到着しますと、ボーイッシュで清浄な印象のショートカットの女性が思いつめたような表情で座り込んでおり、傍らに置かれた巨大なトランクの不気味な存在感もあいまって、マクドナルドの店内で、彼女だけが一人だけ仄かな光をはなつように浮き上がって見えたものです。言うまでもなく、Yさんでした。彼女の席の向かいに立ちますと、Yさんは私を見上げながら「来てくださるものと信じておりました」という言葉とともに柔らかな微笑を投げかけてきました。

掲示板でやりとりした「神」であることを改めて告げるのも蛇足に思われたのですが、一応自己紹介をして席につきますと、Yさんは「あんな書き込みですから」と苦笑してから、神待ち掲示板を使ってあのような書き込みをするに至った簡単な経緯などを語り始めました。

結論からいうと、彼女は性的逸脱はあるものの、電波系というにはかなりまともな女性でしたし、冷やかしではない非常に真面目な神待ち掲示板の利用者だったと思われます。

彼女のどこか告解を想起させる語りによると、彼女は「数年間ほど温めてきた」という「聖女の受難劇オナニー」のプランを持っておりました。

彼女の特殊性癖は、初潮を迎えたあとに学校の図書室で何気なく手にとったジャンヌ・ダルクの絵本を通してもたらされたものであったようです。

神の声に導かれてフランスという国を救済し、国民たちに狂信的に祝福されもした「神の娘」が、やがて、裏切りと無慈悲な裁判によって残酷な火刑で命を落とすあまりにも凄絶な運命、あの有名な聖女の受難劇は、不可解な魅力でもって彼女の股間の奥底を刺激することになりました。

Yさんは、夜な夜な布団のなかでジャンヌ・ダルク物語を読みふけり、聖女が悪意に満ちた異端審問によっていやらしく責めたてられるプロセスにおいて欲情させられながら、性に目覚めたばかりの女性器を弄り、処刑場に連行されて火炙りにされる聖女の絶命の場面にあわせて何度もエクスタシーを迎えていたとのことでした。

中学、高校と成長していくにあたって、聖女に対する思い入れも、受難劇オナニーも少しずつ強まっていったようで、聖女にまつわる文献にも多く触れるようになり、この受難劇をモチーフにした映画なども可能な限り鑑賞したといいます。

「近年のジャンヌ映画には正直あまり関心しないのですが」と前置きしてから、彼女は、とりわけ気に入ったジャンヌ映画はドライヤーとブレッソンによるものだった、と教えてくれました。

思春期の彼女にとって、あれ以上にエロチックな映像は存在せず、取り憑かれたように何度も鑑賞し、また、そのたびに静かな感動とともに欲情し、複合的なパッションを抱いたといいます。「数年間温められる」ことになる「聖女の受難劇オナニー」のプランは、この時期から構想が開始されたもののようでした。

そのプランを一言で要約するなら、「聖女の受難劇」の模倣と反復による残酷演劇の上演、といったものでしょうか。「それを、あのジャンヌ映画に出演したアルトーの眼差しに似た鑑賞者によって眺められてみたいのです。あるいは、現代のジル・ド・レともいえる悪漢であるところの神待ち掲示板の『神』に見られる。これが、私が抱いてきた長年の欲望のプランのおおまかな輪郭なのです」と、彼女は真っ直ぐな眼で私を見据えながら告げました。

神待ち掲示板を発見することになったのは数年ほど前のことであったらしく、自分がひそかに考えてきたプランを実行するための場所はまさにここなのではないか、と「上演」の方向性を定めたものの、なかなか行動にうつれなかったとYさんはいいます。

「冷やかしに思われても当然なんです(いえ、いえ、どうか、気になさらないでください!)。私には、私の受難劇オナニーの鑑賞者たる『神』が必要だった。そんなことがそう簡単に受け入れられるはずがないのですから」といって、しばらく口ごもるようにしてからYさんは「どうでしょうか、私のオナニーを見ていただけるでしょうか?」と不安げに言葉を継ぎました。

それに対する私の返事は、当然ながら“oui”です。私達は、Yさんの「聖女の受難劇オナニー」のためにさっそくラブホテル「ラ・フォンティーヌ」へと向かうことになりました。奇しくも、ジャンヌを審問することになったあのジャン・ド・ラ・フォンテーヌによく似た名前のラブホテルです。

Yさんの特殊オナニー鑑賞で放った精液が彼女の口からこぼれる

Yさんの特殊オナニー鑑賞で放った精液が彼女の口からこぼれる

ラブホテル「ラ・フォンティーヌ」の116号室に入室すると、彼女は、持参した巨大なトランクの中から、ノートパソコン、プロジェクター、延長コード、電源タップ、小型スピーカー、蝋燭と真鍮の燭台などを次々に取り出し、「聖女の受難劇オナニー」の準備を開始しました。

116号室の白壁は、映像を投影するためにはもってこいで、彼女は投影の確認をしながら、すでに股間を濡らしはじめて息を荒げているようでありました。バタバタとサニタリールームにかけこみますと、ホテルに備えつきのカールドライヤーを手にとって戻ってきて、カールドライヤーに持参したボロ布をまとわせて即席の旗のようなものをつくります。

ベッドの純白のシーツに身を包むと、それが彼女の受難劇オナニーのためのカンバスでもある「衣装」となりました。

彼女が見せる些細な表情や仕草、また、シーツの白地に投影される中世と現在の混沌が入り乱れる映像、聖女の壮絶な受難劇と神待ち女性の取るに足らない半生の年代記や日常的なおしゃべりが交互に対話を交わすようにして重なりあう淡々とした朗読が録音された音源によって、その都度、農民服や甲冑、囚人服、現代の日本を生きる女性のファッションなどにシーツの表面の印象を変化させていくことになる、というわけです。

私は、彼女によって手渡された指示書に従った映像、音響の操作を任されることになりました。とはいえ、ほとんどすべてが、すでに用意周到に準備済みであったので、それは、開始のタイミングにあわせてボタンを押すだけの簡単な役割であり、最初の仕事を終えたあとは、彼女の持ち込みによる黒のバスローブを着込んだ審問官スタイルで、彼女の「聖女受難劇オナニー」の鑑賞をすることだけが求められました。その際バスローブのなかに手を突っ込んでの自慰などは自由にしてもらって構わないが、たえず視線を注ぐことは忘れないでほしい、という指示がありました。

ホテルの照明が落とされると、Yさんはベッド脇におかれた燭台の蝋燭に火を灯します。それを合図に彼女が用意してきた音響と映像を再生すると、Yさんの「聖女受難劇オナニー」が開始されるという流れになっていました。

少女になるとすぐにジャンヌ・ダルクの受難劇を読んで性的興奮を抱いてきた、と静かに語り始められるYさんの個人的かつ性的な物語、彼女が生まれ育った福島の様々な風景、神のお告げを聞く前の聖女が過ごした妖精の森や教会の古びた映像、中世の戦争画、ジャンヌ・ダルクの幼少期のエピソードなどのコラージュが暴力的にカットアップされながら入り乱れるなか、ベッド上の神待ち女性Yさんは、シーツにくるまれて二つの土地と女性の個人史を全身に投影されながら息を潜めます。

かつては、物語を読みふけりながら、あるいは、映像を鑑賞しながら女性器をまさぐることによって快楽を得ていたYさんでしたが、この「聖女受難劇オナニー」にあたっては、身体に刺激を与える自慰行為をせずとも、聖女の物語と自分を交錯させていく時間に没入すること、また、それを「神」の男性の眼差しによって見つめられることだけで、その興奮を次第に高めていくことを可能にしていました。

彼女の性的興奮は、強い思い入れによる宗教的なヴィジョンを内的空間に見出すことによって高揚していく神秘家の様相にも似ていたかもしれません。

神の声を聞いた聖女が男装をしてオルレアンの奪還のために戦場へと繰り出す場面がくると、シーツにくるまれた彼女はカールドライヤーに巻きつけられた旗を片手にベッドの上にすっくと立ち上がり、ベッドから飛び降り、シーツが引きずられる衣擦れの音を出しながら室内を縦横無尽に歩き回り、砦を攻めながら次第に群衆を引き連れていくジャンヌと自分を重ね合わせるような激しい動きを見せることになります。

室内を動き回ることで、闇のなかに姿を消したかと思ったらまた映像と蝋燭のまばゆい光に包まれる、というような演出は、中世と現代の対話、戦争の剣戟、鬨の声の音響などと絡み合いながら、次第にそのテンションを上昇させていくように感じられて、椅子に座って彼女の一人芝居を眺めていた私は、オルレアン奪還の物語と、福島県で思春期を迎えた女性の過激化していくオナニーレポートの絡み合いに惹き込まれ、手に汗握るような状態になって、陰茎はビンビンに勃起していたのですが、正直なところ、自慰をする余裕はありませんでした。

神のお告げによって予告されていた「穿たれた矢」によって胸を刺し貫かれる流血のシーンでは、暗闇という舞台袖に消えたときにトランクのなかの小道具を仕込んでいたのでしょう、彼女の身を包んでいた純白のシーツに彼女の乳房を中心にした真っ赤な染みが広がり、赤く濡れたシーツ越しに彼女の乳首がピンと隆起しているフォルムを垣間見ることができました。

この「啓示どおりの負傷」の場面において、聖女と一体化した彼女は、ベッド上で一度目の絶頂を迎えて、愛液を噴出していたようです。

勝利への過程で盛り上がっていた映像と音響は、やがてくる彼女の不幸に向かって、そのトーンを少しずつ暗く禍々しい不吉なものへと変化させていくことになりました。法悦の彼方で打ち震えていたようであったYさんも、捕虜になって自分からやや遠ざかっていく「神」の声に動揺する聖女のように、シーツのなかに沈み込むようにして快楽を少しずつ見失っていきます。

そして、異端審問の場面が訪れます。ここにおいて、彼女は、一度絶頂を迎えて遠ざかりつつあった「神」との精神的交接を、審問官との対話をとおして「火刑」というクライマックスに向けて、もう一度高めようと試みます。侵略される女性的な国土、権力と金に翻弄されて悪魔として扱われる「神の乙女」の物語が、郡山のラブホテルの中でアクチュアルな迫力を持って語り直されます。

審問官のいやらしい質問と聖女の回答、そして、自慰行為にふけるYさんの喘ぎ声の切り替わりは、やがて、それを聞く人間が把握できないほどに激しく入り乱れることになり、そのピークにYさんによって蝋燭の火が消され、唐突に映像と音響も遮断され、ホテルの室内を不穏な静けさと闇だけが支配することになります。

ややあって、映像がゆるやかに投影を再開し、ホテルの室内に惨禍を思わせる荒涼とした風景が広がっていき、ベッド上で、男装の少女といった特徴がすっかり失せた女性的な雰囲気をたずさえたYさんが、縄で手と胴体を縛られながらシーツにくるまって立ち尽くしている姿が浮かび上がってきます。ここから火刑の場面は、朗読などの音が排され、完全な無言のうちに進行していきます。

固唾を飲んでベッド上で立ち尽くすYさんを見つめておりますと、段々とYさんの足元から少しずつ火が立ち上がってくるのが見えます。実際に火に炙られているわけではないのに、受難の主人公となったYさんの毛穴の隅々から、まるで本物の火によって炙られているように汗が滲み出て、そのまなこは苦痛のなかでしかし神を見出したように大きく見開かれました。彼女の小刻みに震える唇は、無言の火刑の場面で何かを呟いておりましたが、その言葉を聞き取ることはできません。

やがて、ラブホテルの白壁に投影された燃え盛る炎と煙は彼女の全身を包みます。ベッド上で縛りつけられたようになって、炎と煙に身悶えしながら涙を流す彼女の口端から、一筋の白濁液が流れ落ちました。私の陰茎は、彼女の受難劇オナニーの上演を眺めながら、知らず知らずのうちに、勃起なしのカタルシス的な射精をしていたのです。しかし、その精液が、いつ、どのようにして彼女の口腔内へと移動したのかは、私にはまったくわかりませんでした。

「福島にあった悲惨!福島の血を見て、私の髪の毛は逆立たないではいられなかった!」

彼女の命を葬ろうとする火炙りの轟音に包まれて、突如Yちゃんがそう叫ぶと、ベッドの上に倒れ込み、まるで絶命してしまったかのように気を失い、シーツからまろびでた彼女の裸身は細かく痙攣しはじめました。

彼女が聖女受難オナニーによるエクスタシーの瞬間どのような光景を見ていたのかは、私にはわかりません。私には、ただ、ラブホテルの外へ一羽の白い鳩が飛び去っていく姿だけが見えました。

神待ち掲示板では福島の女性たちが神を探している

神待ち掲示板を使ってみると次第に明らかになってくるのですが、福島で神待ちをしている女性の数は想像以上に多いと言わざるを得ません。

福島の神待ち女性たちは、神待ち掲示板で神の登場をひたすら待ちわびているのです。

傾向としては、「神待ち女性」の数に比して「神」である男性の供給が足りない状況が続いているようにも感じられます。

福島の神待ち掲示板を使う神待ちの女性たちを放っておくわけにはいきません。

一人の男性であるという前に「神待ち女性」の「神」である私たちは、率先して神待ち女性にアプローチをしかけて、彼女たちに救いの手を差し伸べるべきなのではないでしょうか。

福島の神待ち掲示板をさまよう神待ち女性と出会って「神」になるタイミングは今をおいて他にはないかもしれません。

福島の神待ち女性たち

神待ち女性と泊まりたい福島のラブホテル

福島の神待ち掲示板で神待ち女性と出会った場合、自宅に泊めるというのもアリなのですが、個人情報漏洩や盗難被害などの危険性を考えると、ラブホテルを利用するに越したことはありません。

郡山市のホテルは非常に充実しています。

神待ち女性との待ち合わせ後に宿泊するためのホテルが見つからないといって悩まされることはまずないといってよいでしょう。

そのかわり、どのホテルを選んだらよいのかという「選択肢の多さ」による嬉しい悩みは発生するかもしれません。というわけで、そんな悩みを解決するために、さっそく郡山市のラブホテルをピックアップしていきましょう。

まずは“Fairies”ですが、ここはかなりオススメのラブホテルです。ライト宿泊、ミッドナイト宿泊などで利用すればかなり割安で宿泊することができ、土曜日や祝日前であっても7,900円が最安値となっています。立地、設備、価格、どれをとっても隙がありません。

“ホテルDior7”は最近オープンしたばかりのラブホテルなのですが、ここは、これからの郡山市の神待ち掲示板のシーンにおいて、おそらく、神待ち女性とセックスするための中心的なラブホテルになっていくのではないかと思います。

“ウォーターリゾート郡山”は宿泊費が決して安いとはいえないのですが、複数回宿泊することで手に入る割引クーポンなどを使えば尋常ではない割引がなされるサービスが実施されることがあります。複数回の利用を前提にして、神待ち女性とセックスするための根城として利用するといいかもしれません。

弱点がないラブホテルとしては、“ホテルルナ”が挙げられます。特筆すべき突出したポイントなどはないのですが、ラブホテルがおさえておきたいポイントのすべてを軽やかにおさえている、というさりげないバランスのよさが魅力です。

神待ち女性とのお忍びの関係、プライベートの感覚を大事にしたいなら“パーナ”を利用するとよいでしょう。宿泊費も適切であると思います。

神待ち女性との出会いからホテルへの移動、そして、セックスの終わりまでのすべての時間を大事にしたいのであれば、“ラ・フォンティーヌ”の利用をオススメします。“ラ・フォンティーヌ”で過ごす神待ち女性との一日は、プロヴァンス地方でのバカンスにも匹敵するでしょう。

個人的に最もプッシュしたいラブホテルは“マラケシュ”です。ベルベル語で「マラケシュ」という言葉は「神の国」を意味しますから、“マラケシュ”と名付けられたラブホテルは、まさに、神待ち女性と「神」の男性がセックスするために作られた神の国であるといっても過言ではありません。

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