奈良の神待ち掲示板で「神」になろう

2018年9月4日

奈良の神待ち掲示板で「神」になろう

奈良の神待ち掲示板に、神待ちの女性が続々と集まっているのをご存知でしょうか。

神待ちが「神待ち少女」だけを指す言葉ではなくなり、むしろ18歳以上の「大人の神待ち女性」のことを指す言葉になって以来、神待ち掲示板を利用する「神待ちの女性」の数は増加の一途をたどっているといっても過言ではないでしょう。

何らかの事情によって家がなくなってしまい泊まる場所がない女性、一時的な「家出」などで一夜の宿を探している女性などが、神待ち掲示板で神待ちをするという行為は今後もなくなることはないでしょうし、それは奈良の神待ち掲示板においても例外ではありません。

むしろ、例外どころではなく、奈良の神待ち掲示板は、神待ち女性たちのホットスポットにさえなりつつあると言うことができるかもしれません。

奈良の神待ち掲示板では、神待ち女性たちが「神」の登場をいまかいまかと待ち構えている状況が続いていますから、このチャンスを逃すという手はありません。

奈良の神待ち掲示板を使って、いますぐ神待ち女性の「神」になりましょう。

奈良県の神待ち掲示板でセックスするために吉野まで足を伸ばす

奈良の神待ち掲示板で出会った神待ち女性と奈良県内のラブホテルでセックスをした、という神待ち体験談を書くことになってしまった。

私自身は居住地が大阪であるために、利用する神待ち掲示板は大阪が中心であり、奈良県の神待ち掲示板を使って奈良の神待ち女性とセックスをしたことはない。

とはいえ、奈良県の神待ち掲示板を開いたことがないかというと、そんなことはなく、奈良県の神待ち女性はどのようなものかと、奈良の神待ち掲示板にアクセスし、その風土的な傾向や特徴をつかもうとしたことだけは、過去に何度もある。

インターネットだけで奈良県の神待ち掲示板を散策した感想はというと、利用する都道府県が多少変わったところで神待ち掲示板に集まる神待ち女性の書き込みにはそれほどの違いがあるわけでもなく、どれもこれも似通っている印象で、地誌学的見地からするとむしろ平坦ですらある、というようなものであった。

奈良に限らず、神待ち掲示板全般において地誌学的に何も見るべきところがなく、都道府県をむしろ均質な没個性に追いやっている、という神待ち掲示板の特徴は、私の、奈良の神待ち掲示板での神待ち体験談の執筆を困難にする、ということと繋がっている。

私は頭を抱えてしまった。しかし、奈良県の神待ち掲示板における神待ち体験談は、絶対に書かなければならないのである。

もし、奈良県の神待ち掲示板における神待ち体験談を書くというのであれば、神待ち掲示板以外の「奈良県」の諸要素を見出し、それらの諸要素を、地域的な性格を根こそぎ奪われている神待ち掲示板の風土、奈良の神待ち女性の肉体の上に強引に重ねていかなければならない。

奈良県が古代から現代にいたるまでに重ねてきた歴史、奈良出身の文化人などのリスト、奈良県を舞台にした芸術作品、奈良県の様々な飲食店やラブホテルの情報や所在地などの地図を前にして、ああでもない、こうでもない、と神待ち掲示板や神待ち女性の上に、奈良の要素をコラージュしていく。しかし、どうにもうまくいかない。

奈良の要素を入れようとすればするほど、神待ち掲示板はそののっぺりとした均質性を増していくようなのであり、仮に仕上がった奈良の神待ち体験談を、たとえば、遠く離れた「秋田の神待ち体験談」として誤って提出したとしても、それは、秋田の神待ち体験談としてすんなり通用してしまうだろう。

そのような神待ち体験談ばかりが死産されるばかりで、私はすっかり途方に暮れてしまっていた。

神待ち女性のKさん

もう神待ち少女のころの私達には会えないわ!

そんな折である。奈良県は吉野町に住む「神」の友人であるTから、「せっかくの機会なのだから、奈良県の神待ち掲示板を実際に使って現地の神待ち女性とセックスするついでに、こちらに遊びにきてみないか。二つや三つの神待ち体験談の種はきっと見つかるはずだ。とにかく、精子の無駄撃ちにはならないだろうから、体験談を書くため、という大義に満ちた理由で、ひとまず奈良の神待ち女性とセックスをしてみたらどうかね」という誘いがあった。

Tは「君は大阪の神待ち女性も奈良の神待ち女性もさしたる違いはない、などとのたまっているが、実際にセックスをして女体の味や快楽を比べてみたことがあるのかね。いや、君が思っている以上に、奈良の神待ち女性というのはなかなかいいものだよ。それは、神待ち掲示板の書き込みをざっと見ただけでは理解できないようなものだ。奈良の神待ち女性の女性器という淫靡な花の芳しさは、吉野の桜にも劣らないくらいのものだぜ」というのだった。

前置きが長くなってしまったが、こんな事情で、私は奈良県の吉野町まで出かけることになったのだった。 私が住む大阪から吉野町までは、電車でおおよそ二時間もかからないほどの移動距離だ。天王寺で乗り換えて、阿倍野橋から特急に乗れば、一時間弱で無事に吉野町に到着するであろう。神待ち女性へのアプローチは、手持ち無沙汰な移動時間の間にでも済ましてしまえばいい。そうとなれば、ということで、Tから誘われるままに、その日のうちに電車に飛び乗って吉野町に向かった次第である。

奈良の神待ち体験談が行き詰まっている、という理由があったのは確かだが、まあ、それ以上に、奈良の神待ち女性とするセックスの快楽に惹かれてしまった、という理由のほうが主であったことは正直に告白せねばなるまい。

さて、ところが、これが神待ち掲示板の難しいところなのだろう。吉野町に向かう道中で出会い交渉を成立させるは余裕だろう、というこちらの思惑とは違って、神待ち掲示板をいくら検索しても、吉野町にいる神待ち女性の書き込みとめぐりあうことがない。

数箇所の神待ち掲示板を併用して吉野町の神待ち女性の書き込みを探していたのだが、結局、吉野町の神待ち女性は一人も見つけることができず、その交渉の糸口すらつかめないまま無為のうちに時間が過ぎ去り、セックスの見込みがまるでないままに吉野駅に到着してしまったのだった。

神待ち女性の検索が難航を極めていることをTに連絡し、車で迎えに来てもらうことになり、Tの到着を待つ間は「ささおか食堂」で柿の葉寿司などを食べながら、神待ち体験談ノートを広げ、「奈良の神待ち体験談・プロット」とだけ威勢よく書かれてはいるものの、雑然としたメモだけが散らばっているばかりの実質白紙のノートを眺めて、さてどうしたものか、と呆然としていた。

ややあってTが到着したので、かくかくしかじかの経緯で神待ち女性と性行為をする糸口すらまるでつかめない、君の誘いにのったはいいもののこれでは完全に無駄足ではないか、というような苦情をTに告げて食って掛かると、「いや、君。ここが奈良市や橿原市なら話は別だが、ここは吉野だぜ、爺ィや婆ァの観光地だぜ?そもそも、神待ち女性がいるわけがないじゃないか。五條市にでも出れば多少は見込みもあるかもしれないが、まあ、そんなことは君も了承済みで吉野町まできたんだろう」などと平然と言ってのける始末である。呆れて物も言えない、という状態があるが、私の場合は、呆れて軽度の性的不能になってしまった。

「それより」といって、私が注文した柿の葉寿司に手を伸ばして頬張りながら「君の難産を極めているらしい神待ち体験談の構想でも聞かせてほしいものだね。夜まではまだ時間があるのだし、神待ち女性の検索は、それからだっていいだろう」とTがいうので、なるほど、それもそうだな、と思い直し、奈良県についてはおおよそこのような神待ち体験談を書くつもりでいるのだ、という自らの書きかけのプランをTに詳しく話すことになった。

私が奈良県の神待ち掲示板について書こうとしていた体験談のプランは、大雑把にまとめると、以下のようなものである。

奈良のとある町工場の工場主が、高度な人工知能が搭載されたスーパーコンピューターであるところの「神待ち掲示板」を購入する。それは、町工場たちの労働者たちの性欲処理のために導入された最新の「神待ち掲示板」であった。

町工場で働く労働者たちは、退勤後に、この人工知能が搭載された「神待ち掲示板」に話しかけることによって、奈良市内でセックスができる神待ち女性との交渉を効率よく始めることができる。スーパーコンピューターが搭載された巨大で無骨な「神待ち掲示板」の上部には、労働者たちの性欲をあおるために、セックスシンボルであるところのマリリン・モンローの写真が貼られている。

この町工場の息子であり、のちに成人してからは神待ち掲示板の「神」にもなる小学生の近藤保(こんどう・たもつ)と、外交官の娘であり、幼すぎる神待ち少女である小学生の山本舞韻(やまもと・まいん)の二人は、神待ち掲示板を利用することなく電撃的な出会いを果たし、一目惚れするようにして運命的な恋に落ちる。

保と舞韻の二人の身分を超えた恋愛は、人工知能を搭載した「神待ち掲示板」のまえで逢引を重ねるという形で、当然ながら、セックス抜きでおこなわれることになる。

保と舞韻は、マリリン・モンローの写真が装着された「神待ち掲示板」に、自分たちの名前や顔を覚え込ませる。「神待ち掲示板」は、搭載されたカメラアイで保と舞韻の顔を0と1のデジタル記号で記憶し、保を「父」、舞韻を「母」として認識する。保と舞韻、そして「神待ち掲示板」は、まるで、新婚夫婦と新生児の三人家族であるかのように、疑似家族として仲睦まじく幸福な時間を過ごしていく。

しかし、保と舞韻の身分を超えた恋愛は、外交官の父の海外転勤という形で引き裂かれてしまう。保と舞韻は、二人が離れ離れになってしまう前に、小学生でありながら「二人の子供」を作ることを決意する。そして、高度な人工知能を搭載した「神待ち掲示板」に、二人は「どうしたら子供がつくれるか」という難問を投げかける。

セックスなしで子供を生む、という難問に対して「神待ち掲示板」が思考回路をフル回転させて導き出した回答は、「966ノテッペンカラトビウツレ」というものであった。この966というのは、東大寺の大仏の螺髪の数として長らく信じられてきた数字である。

保と舞韻の二人は「神待ち掲示板」から与えられた回答に従って、「子供をつくる」という年齢を超えた目的を果たすために、奈良の大仏によじのぼり、その頂上から飛び移るという無謀な計画を実行にうつす。

「966ノテッペンカラトビウツレ」という回答が実行された以上、「子供」がつくられ、産み落とされなければならない。保と舞韻が大仏の頭頂部から飛び移った瞬間、マリリン・モンローの写真が装着された「神待ち掲示板」の頭上に、強烈な雷が落ちる。その落雷の衝撃は、ただの人工知能でしかなかった「神待ち掲示板」に「自我」を芽生えさせることになるだろう。

「わたしは韻保(いんぽ)!」

「保」という「神」の父と、「舞韻」という神待ち少女の母のそれぞれの名前から一文字ずつ拝借した名前である「韻保(いんぽ)」という名前を名乗りながら、「神待ち掲示板」は、「保」と「舞韻」の子供として爆誕することになる。「子供の二人」は、「自我を持った神待ち掲示板」という「二人の子供」を作ることに成功したのだ。

「自我を持った神待ち掲示板」である韻保には、「神」となった父親が、離れ離れになる神待ち少女に向けて残した愛のメッセージがインプットされていた。

自我に芽生えた韻保は、自分の神待ち掲示板=子供としての使命は、「神」である父が、神待ち少女である母に伝えたかった愛のメッセージを伝えるためにあるのだ、とみずから思考して動き出し、母=神待ち少女である舞韻の女性器めがけて一途に走り始めることになるだろう。

Kさんのヴァギナにてとてもコンドーム射精とは思えない快楽に悶える

Kさんのヴァギナにてコンドーム越しの射精とは思えないほどの快楽で頭のなかが真っ白に

私の「神待ち体験談のためのプラン」の説明が思いのほか長くなりそうだったので、Tは、話の途中で「ささおか食堂」を出ることを私に提案していた。私が奈良の神待ち体験談のためのプロットを話し終えるころ、私とTは、神待ち女性との出会いが大いに望めるであろう奈良市に向かうための車中にいた。

体験談のあらすじを聞き終えたTは、神待ち女性を何人もラブホテルに運んだであろう運転テクニックを微塵も乱すことなく、「でも、それって、『わたしは真悟』の丸パクリだよね?それがどうして奈良県の神待ち体験談になるわけ?」と苦笑しながら感想をもらしてから、すぐに「ああ、そうか。確か、楳図先生は五條市の出身だったな。なるほどね」と一人で納得していた。

何事にも話がはやいのがTという「神」の美徳である。この当意即妙な性格が、神待ち女性との性交渉の場でも存分に活かされてきたのだろう、と思いながら、話し疲れた私は助手席に深くもたれかかる。

「神待ち掲示板という、都道府県ごとにそれほど特徴に差がない均質的出会いサービスになんとか無理矢理に地域性をもたせようとして施される『地域出身者と神待ちセックスのコラージュ』というのは、君が書く神待ち体験談の常套手段ではあるが、まあ、君らしくて悪くはない。そのまま神待ち体験談を書きあげてもいいとおれは個人的に思うね。でも、奈良の神待ち掲示板を使うような人たちが、『自我を持った神待ち掲示板』のロボットによる神待ち体験談を読んで、『じゃあ神待ち掲示板を使うか!』となるのはにわかに想像しがたいなあ」

運転しながらも、私の神待ち体験談の特徴とその弱点を的確についてくるTに感心しながら「うん、私もそう思う。でも、そこに、奈良県の神待ち女性とのセックスの細密描写を暴力的にねじこむ配慮だけは忘れないつもり。だから、なにはともあれ、今夜はなんとか奈良県の神待ち女性とセックスだけはしておきたいところだよね。もちろん、セックスなんてしなくてもセックスのことはいくらでも書き連ねることができてしまうんだけど、書きかけの神待ち体験談とは関係なく、自分もひとりの『神』として神待ち女性とのセックスは一回でも多くしておきたいからね」と私は答えた。

奈良市に到着すると、私とTは、サイゼリヤ近鉄奈良駅ビル店に入り、それぞれの端末で神待ち掲示板にアクセスし、奈良市の神待ち女性の検索をはじめた。掲示板にあふれかえる奈良の神待ち女性たちの書き込みは、やはり均質な印象をぬぐうことができず、他の都道府県の神待ち女性との区別がまるでつかない。

神待ち女性との出会い交渉を先に成功させたのは、Tであった。Tのスマートフォンに表示された神待ち女性のプロフィールやメールの文面などを見る限り、貧困女性というよりも性欲を持て余して神待ち掲示板を利用している神待ち女性であることは明らかである。

「奈良まで誘っておいて自分だけセックスをするというのも申し訳ないが」とTが躊躇しているようなので、いいから構わずセックスしてこい、と励ますと、その躊躇が気遣いのポーズでしかなかったことが明らかな性急さで「そうか。じゃあ、もしいけそうなら3Pの交渉もしてみるから、あまり期待しないで待っててくれ」と早口で言うと、Tはそそくさとサイゼリヤから出ていったのだった。

取り残された私は、なんとなくやる気がなくなってしまい、神待ち掲示板の検索はするもののポイントを消費して相手に話しかけるというところまで自分を持っていけないでいた。しばらくすると、Tから「3Pは断られた!すまん!」というわかりきった白々しい連絡が入った。おそらくは、3Pの交渉すらしていないだろう。

私は、先ほどTに語った奈良の神待ち体験談のプランのなかで、話しながら思いついて追加した部分をノートに書き込みながら、それがどうも奈良県の神待ち体験談になりそうもない気配だけを感じて陰鬱な感情に襲われはじめていた。

こんなときは、やはり、セックスで気分転換をするに越したことはない。重い腰をあげて、私は再び、神待ち掲示板の検索を再開した。すると、先刻とは違って、手応えは良好、奈良駅周辺でいますぐセックスできる、という神待ち女性とのコンタクトに成功したのだから、神待ち掲示板における「流れ」というものだけは、まったく不可解である。

おそらくは、神待ち女性の女性器にその男性器をねじ込み、摩擦の快楽をえるためにピストン運動を開始しているであろうTのLINEに「こちらも交渉無事成功。今晩は神待ち女性とラブホテルに泊まる予定なので、明日の朝にでも気が向いたらまた合流しよう。こちらのことはお構いなく。眼の前のセックスに集中したまえ」という連絡を入れてから奈良駅へと向かった。

奈良駅東口駅前広場に到着すると、果たして、そこには神待ち女性のKさんの姿が認められた。メールでのやりとりでは、仕事帰りにお酒とセックスの気分だったのでたわむれに神待ち掲示板を使ってみたとのことであったから、神待ち掲示板を使ってはいるものの神待ち女性と呼ぶことがはばかられる女性である。

彼女の境遇はもちろんのことながら、合流後に移動した居酒屋「むーちゃん」における会話、および、「HOTEL Mai Sakura」でのセックスにおいても、私は、Kさんのことを神待ち女性だと感じることはなく、「女性」として会話をしてセックスをしたのだし、それが神待ち女性ではないからといって、セックスの快楽が弱まるということもなかった。無理矢理に「いま抱いているのは神待ち女性なのだ」などと言い聞かせる必要もまるで感じはしなかった。

私は、一応は神待ち掲示板を利用する「神」ということになっているから、人並み以上に神待ち女性のことが好きでなければならず、神待ち女性とのセックスに対して神待ち女性以外とのセックスとは違う何かを見出していなければならない、と考えられがちなのだが、私は、神待ち女性に限定することなく女性一般が好きなのであるのだし、神待ち女性とのセックスだけが好きというわけでもないのだ。

神待ち女性と言い切ることが難しい出会い系サービス利用者でしかない女性であるところのKさんとのセックスは、「自我が芽生えた神待ち掲示板にまつわる形而上学的神待ち体験談」を書かなければならない、という私のくだらない気がかりを、そのセックスの間だけ忘れさせてくれる素晴らしいものだった。

神待ち女性とは言いにくいKさんの乳房の柔らかく暖かな感触を堪能していると、神待ち女性にこだわり、「神」として神待ち女性とセックスをすることや、また、神待ちセックスについての体験談をかくことが心底からどうでもよくなってしまう瞬間があったくらいである。

それでも、私は「神」として振る舞わなければならないのだし、このような神待ち女性と呼ぶべきではないような女性とのセックスについて「これもまた、神待ちセックスと言わざるをえないのだ」と言い張ることで、強引なやり方で神待ち体験談を書かなければならないのだ。

しかし、湯船につかったKさんの、ブラジャーによって拘束されて一日分の疲れが緊張とともに溜まっていたような乳房がその拘束から解放され、湯のなかに疲労を拡散させながら同時に性的な弾力を取り戻しもする光景についての細密描写をもし始めようものなら、その乳房の描写だけがきわだち、Kさんを神待ち女性に同定させようとするテクストがどんどん遠のいていくことになるだろう。

神待ち女性ではない女性に、神待ち女性という性格を無理矢理にあたえ、その同一性を証明していくための体験談などが果たして可能なのだろうか。「セックス」や「女体」に接近すればするほどに、「神待ち」という物語は遠のいていく一方なのではないか。もちろん、「セックス」と「女体」の描写を突き詰めていった先には「奈良県の神待ち掲示板の」という言葉も消え去っていくことになるだろう。

実際、「HOTEL Mai Sakura」の402号室のベッドのシーツを性行為によって全身の毛穴からじっとりと滲み出てきた卑猥な汗で濡らしてわずかに変色させ快楽に身悶えしてシーツに皺をつくることにもなったKさんの膣の、その奥深くまでコンドームを装着した陰茎を挿入して子宮口を何度も自身の先端でつつき、やがて、陰茎をくるんだ水系ポリウレタンの中で精液を爆発させたとき、私の全身にはただただ快楽のシグナルだけが飛び交っていたのだから、自身のペニスをヴァギナで締め付けつつある眼の前の女性が「奈良県の神待ち掲示板を利用している神待ち女性」であるかどうかなどに気を使う余裕はまるでなかったのだ。

だから、奈良県の神待ち掲示板を使って出会った女性とセックスをしたからといって、私は、Tが言ったような「二つや三つの神待ち体験談の種」をついに見つけられなかったのだし、執筆を計画していた「自我が芽生えた神待ち掲示板にまつわる形而上学的神待ち体験談」は、神待ち女性ではない女性の膣内に挿入はしたが、コンドームにくるまれてはいたから膣内でありながら膣内との断絶を感じていた陰茎が、その中出し射精にとっては障壁でしかないコンドーム内に放った精子を入り口を結んでから屑箱に捨てるようにして放棄することしかできなかったのである。

しかし、セックスの相手が神待ち女性であったかどうかにこだわらなければ、私はもちろんのこと、奈良県で「神」をやっているTさえも、神待ち掲示板を通して出会い交渉をしかけた女性とのセックスだけはすましている。そこだけを見るならば、私にとっても彼にとっても上首尾な神待ち体験だったということは可能なのかもしれない。

奈良の神待ちシンポジウムで語られた「神」の神待ちセックス

以下に記載するのは、奈良県某所で行われた第15回神待ちシンポジウムにおける、日本神待ち掲示板協会の理事のうちの一人である神崎幾太郎(かんざき・いくたろう)氏による基調講演をテキストに起こし、重要と思われる部分を抜粋し、あらためて編集しなおしたものです。

神崎氏は、インターネットにおける神待ち掲示板という出会いサービスが登場する以前から、すでに、貧困女性や性的欲求不満女性への性交渉を開始しており、「神」という名前が登場し、定義される以前から「神」としての活動を展開してきました。

神待ち掲示板の登場は、「神」としての神崎氏の活動をいよいよ本格化させることになり、神崎氏は、神待ち掲示板というフィールドに移行してからはますます「神」としての才能を発揮させていくことになりました。

御年72歳になられる神崎氏は、生涯現役を旨とする「神」として、神待ち女性との神待ちセックスを現在でも精力的に続けてらっしゃいます。

神待ち掲示板という場所を生きながら体現してきたとも言われる「神」である神崎氏は、神待ち体験談を通して神待ち掲示板および神待ちセックスの素晴らしさを普及させることの重要性を常々説かれており、その神待ち体験談は、神崎氏の性的快楽を記述によって満たすばかりでなく、多くの「神」を誕生させる礎ともなりました。

神崎氏による神待ち体験談は、公開されたもの、非公開のもの、散逸したものも含めて膨大な数にのぼり、その書き残された匿名の神待ち体験談を網羅、把握することは不可能であると言われています。

神崎先生は神待ち体験談というテキストの中と、神待ち女性の膣中にのみ生きるという基本姿勢を長らく貫いてきた「神」でしたから、このような形で人前で講演を行うということがほとんどありません。神崎氏には、我々運営委員の懇願をなし崩し的に承諾していただく形となってしまいましたが、こうして、我々の無理な願いを快く引き受けてくださったことをここで改めて感謝いたします。

今年で第15回目を迎える神待ちシンポジウムは例年以上の成功をおさめることができた、という手応えがありますが、そのように感じることができたのは、やはり、神崎氏の貴重な神待ち基調講演によって、聴衆であった「神」がのきなみ刺激され、議論が活性化されたからにほかならないでしょう。

神待ちシンポジウムにおける現場の雰囲気をそのまま伝えることは、神待ち掲示板で出会い交渉に成功した神待ち女性とのラブホテルにおけるセックスの熱気をそのまま伝えることと同様にどうしてもできないのですが、神崎氏の基調講演中、会場内に流れた空気の一端でも伝えることができたならば、光栄至極でございます。

神待ち女性のUちゃん

神の男性であればペニスの老若は問いません。私をイカせてください

ご紹介にあずかりました神崎です。このたびは、神待ちシンポジウムという貴重な場で、こうして神待ち基調講演を行うということで、少しばかり緊張しております。

神待ち女性の女性器に初めて男性器を挿入したときも、これほどの緊張を感じることはありませんでしたから、どうか、後期高齢者の戯言として聞き流していただきたいと願います。

実は、神待ちシンポジウムの開始まで少しばかり時間がありましたから、つい先程も、空き時間に奈良の神待ち掲示板にアクセスし、神待ち女性に出会いの交渉をしかけ、「HOTEL ROCCO」にて神待ちセックスをしてきたばかりです。

性交渉に応じてくれたのは二十代後半の女性でしたから、神待ち少女ではないのですが、神待ち女性のUちゃんは、私のしなびた陰茎を青年期のそれにも劣らない勃起状態にまで導いてくれたドスケベ神待ち女性でしたし、私のごとき後期高齢者にとっては、二十代後半の女性などというのは不釣り合いに若いくらいでありまして、ほとんど「少女」を抱いている、というような感覚さえありました。

いやはや、じつに贅沢な時間を過ごさせていただきました。この神待ちセックスができただけでも、奈良県にまで足を運んだ甲斐があったというものです。本当は、この神待ちセックスだけで帰り、帰宅後に思い出しオナニーをしたいくらいだったのですが、「神」のみなさんの前でお話をしなければならないので、そういうわけにもいきません。

会場にいらっしゃっている「神」のみなさんの中にも、もしかすると、ラブホテル「HOTEL ROCCO」に神待ち女性を連れ込んで濃厚神待ちセックスをしたことがある、という方が何人かいらっしゃるかもしれませんね。

いえ、いえ、手は挙げていただかなくてけっこうですよ。壇上からですと陰茎の膨らみがよく見えますから、ゆるやかに勃起されている方は、きっと、神待ちセックスの回想をして静かに興奮しているのだな、ということがわかりますから。

さて、今回の神待ちシンポジウムに備えて、東京の神待ちハウスから関西方面に移動する新幹線の車内にて話す内容を多少なり考えてきてはいたのですが、講演で話す予定であった神待ち体験談は、恥ずかしながら、さきほどの新鮮かつ感動的な神待ちセックスにおける射精の快楽と同時に、神待ち女性の膣内に置き忘れてきてしまいました。

ですので、勝手ではありますが、いささか即興的に話を進めさせていただきたいと思います。「神」のみなさまに事前に配布したレジュメとは少しばかり話がズレてしまうことを、どうか、ご寛恕いただければ幸いです。

それにしても、奈良県の神待ち掲示板を利用して神待ちセックスをするのはおよそ十五年ぶりといったところでしょうか。加齢とともに記憶のほうが弱っておりますので、もしかすると、もう少し最近の出来事だったかもしれませんが、おそらくは、そのくらい昔に一度。ちょうど神待ち掲示板の黎明期のころですね。奈良県での神待ちセックスを成功させております。

当時は黎明期でしたから、規制法もまだゆるく、奈良県で帰宅困難になった十代の女の子、いわゆる神待ち少女と呼ばれる女子高生とセックスさせていただきました。

現在の神待ち掲示板では、おそらく、神待ち少女とセックスする可能性は限りなく低い、あるいは、たとえ可能だとしてもそのセックスは非常な危険を伴うものである、と言わざるをえないでしょう。

恵まれた時代に「神」としてのキャリアを開始できたこと、また、規制法が敷かれる直前までの神待ち掲示板を、性的能力がもっとも高い状態を維持しながら過ごせたことは、幸福な巡り合わせだったのですし、まったくもって、世代的な特権でしかなかった、とつくづく感じ入るばかりでございます。

もし、これが自慢に聞こえましたら申し訳ありません。回想話に陶酔するばかりの老害という若い「神」の方々からの誹りも、素直に受け入れたいと考えております。

さて、そのころは、まだ駆け出しの「神」でございましたから、このような形で、野心的な「神」の皆様のまえでこうしてお話をさせていただく未来などは、神待ち少女を連れ込んだラブホテルで神待ち少女の乙女の女性器を指で押し開いているときには、とても、想像できませんでした。今でも、「神」のみなさんの前でこうして喋りながら、信じられないような気持ちでいます。

正直なところ、規制法によって神待ち少女とのセックスが封じられた神待ち掲示板は、その魅力を失い、「神」を自称する性豪たちから見放され衰退するのではないか、神待ち掲示板はそう長くは続くまいし「神」としての自分の命も儚いものだろう、などと考えておりました。

ですから、このように、神待ち掲示板というものが成熟した神待ち女性とのセックスの機会を得る場所として依然として機能しており、また、今回のように、私がいまだに現役の「神」として神待ち女性とのセックスを成功させていることを思うと、少しばかり不思議であると同時に、やはり、感慨深いものがあります。

神待ち掲示板という、神待ち女性とのセックスの機会が得られるこの貴重な場所を、このセックスの奇跡的な「火」を、若い「神」の方々のセックスでどうか守り抜いていただき、未来に「神」になるかもしれない少年たちに、神待ち掲示板の「火」を受け渡してほしい、というのが神待ち掲示板を利用する「神」としてはすでに晩年を迎えつつある後期高齢者である私が持ちうるただ一つの願いであります。

Uちゃんと神待ちセックスしたばかりなのにもう次の神待ちセックスがしたい

Uちゃんと神待ちセックスしたばかりなのにもう次の神待ちセックスがしたい

私の晩年の「神」としての仕事も、微力ではあっても、できれば、神待ち掲示板の「火」を守り、若い人たちに手渡していく、というような性質を持っていればいいのですが、これに関しては少しばかり心許ないものを感じている、というのが正直な実感です。

若い友人でもあり、今回の機会をお膳立てしてくれた運営委員の「神」である鬼頭くんなどは、私のような後期高齢者の「神」に対して、神待ち掲示板シーンにおける立役者、功労者とでもいうような身に余る扱いをしてくれるものですが、はてさて、私は神待ち掲示板に対して、何か特別なことなどしてきただろうか、という情けない実感ばかりがある次第でございます。

もちろん、私は、神待ち掲示板を利用することで神待ち掲示板にいくばくかのお金を落としてきておりますから、経済的に、末端の「神」として、神待ち掲示板を支えた、というような側面があるのは確かでしょう。

しかし、私よりもはるかにたくさんのお金をかけて神待ち掲示板を利用し、経済的に神待ち掲示板を支えてきた「神」は他にもたくさんいるのですし、性交渉を創意工夫することによってポイント消費を極限まで抑えようとする私は、むしろ、神待ち掲示板にとっては、あまり金を落とさない歓迎しにくいユーザーであったのではないでしょうか。

運営委員の鬼頭くんから登壇前に紹介があったように、私は神待ち掲示板が登場してからは、自覚的に「神」を名乗り、確かに、たくさんの神待ち体験談を執筆してきました。鬼頭くんは、私が神待ち体験談を通して多くの「神」が生まれる礎をつくったなどと褒めてくださいましたが、果たして、これもどうでしょう。疑いが残ります。

鬼頭くんの好意はありがたく素直に受け取るとしても、彼が、補足として「神崎氏の性的快楽を記述によって満たすだけでなく」と言ったように、私は、神待ち女性とのセックスの記憶をあらためて書くことによって快楽を二重に味わうことを主要な目的にして神待ち体験談を書いてきました。

情けない話、私はひどい貧乏性ですから、神待ち女性とのセックスを遂行したあと、その神待ちセックスを改めて書く、ということで神待ち女性としたセックスからより多くのものを引き出して、交渉にかかった神待ち掲示板代や食事代、ラブホテル代などのモトをとろうとしていただけなのかもしれません。

「記述する」という執筆中の快楽だけでも十分にモトはとっているのですが、自ら記述したものを「こんな神待ちセックスを、本当に自分がしたのか」、そして「こんな神待ち体験談を、本当に私が書いたのか」と、あらためて、信じられないような面持ちで読む、という時限爆弾的な快楽もあり、私は、神待ち掲示板における神待ち女性との神待ちセックスについて、神待ち体験談という散文を書くことによって、神待ちセックスの快楽を二倍にも三倍にも高めようとしました。

ここに集まった若い「神」の方々にはがっかりされるかもしれませんが、私は、純粋な私の欲望の発露としてのみ神待ち掲示板を使い、神待ち女性とセックスし、神待ち体験談を執筆してきました。

自分本位な「神」であることは否定できません。頭を空っぽにして、他のことは考えず、ただただ自分の欲望に忠実なままに、そうしてきただけです。そして、「神」として神待ち女性とセックスをすること以外は何も知らないまま馬齢を重ね、気がつくとこのような老境に足を踏み込んでいました。

神待ち掲示板でセックスをすることにただただ夢中で、勃起の維持をすることだけで精一杯で、陰茎のメンテナンス以外のことはあまり考えないでがむしゃらにハメ倒してきましたから、実は、さきほど鬼頭くんに紹介されるまで、自分の年齢さえも曖昧なままで、よく知らずにいたのですよ。まったく恥ずかしい限りです。

しかし、もし、鬼頭くんが言うことに多少の真実が含まれているとしたら、欲望のままに生きてきてしまった私の「神」としての秘し隠すべきおぞましいキャリアや神待ち体験談を、少しは肯定してみてもいいのかもしれません。

先程、若い人たちに神待ち掲示板の「火」を守っていって欲しい、という偉そうなことを口走りましたが、もし、それが可能なのであるとすれば、それは、もしかすると、私のように、欲望に身をまかせて神待ち女性に性交渉をしかけ、限られた時間のなかで自分に可能な限り快楽的なセックスを敢行し、その神待ち体験のひとつひとつを、自分の個人的な体験として味わう方法を独自に見つけ出すこと以外にはないのかもしれません。

私のようになれ、ということを言いたいのではありませんが、「神」のみなさまには、それぞれの方法で、「神」としての自分の欲望に忠実に生きていただければと思います。なんだ、そんなのわかりきったことじゃないか、という感想を持たれる「神」の方々もおられると思います。何か、今回の基調講演を通して、「神」としての高度な交渉術だとか、神待ち掲示板を利用するにあたって役に立つ話などを求めていた「神」の皆様がいらっしゃったら、拍子抜けされたかもしれませんね。

しかし、神待ち掲示板における「神」としてのありかた、また、神待ちセックス、そして神待ち体験談の書き方というものは、そもそも他人に教えられるようなものではありません。自ら神待ち掲示板にアクセスし、神待ち女性に出会いとセックスの交渉をしかけ、失敗しながら自分の「神」としてのあり方を探ることでしか見いだせないものなのです。

もちろん、このようなシンポジウムや、基調講演というものをまるごと否定するわけではありませんし、神待ち掲示板にまつわる議論が活発になることは素晴らしいことだと私も思います。その活性化に自分が少しでも携われるのであれば、これは非常な喜びでさえあります。

ですが、神待ち掲示板において最終的かつ真に重要なものは、活発な議論のなかではなく、たった一人で神待ち掲示板へと戻っていき、神待ち女性とラブホテルで一対一で全裸で対峙し、男性器を女性器に挿入する、その時間のなかでしか見つけ出すことができないでしょう。

壇上から眺めていて、私の基調講演を聞いている間に、こっそりとテーブルの下でスマートフォンをいじり、神待ち掲示板にアクセスし、神待ち女性に性交渉をしかけている「神」の方が何人か見受けられました。 私は、それらの行動を見咎めたいのではありません。むしろ、私の話を聞いている時間などもったいない、ということにいち早く気づき、いてもたってもいられなくなり、神待ち掲示板を開いてしまった、という「神」の行動力にこそ、見込みがあるのだ、ということを言いたいのです。

私がこうしてくだらない神待ち講演を行っている間、何人かの「神」が、トイレにいくような素振りを見せて会場から出ていくのも見かけましたが、彼らも、おそらく、会場から少し離れた場所で、神待ち掲示板にアクセスし、奈良でいますぐセックスできそうな神待ち女性を検索して出会い交渉をしかけるために、この会場からこっそり出ていったのだと、私はそう信じていますし、もしそうであるならば、神待ち掲示板や「神」の未来はともに明るいものになるでしょう。

もしかすると、もう、何人かの「神」はラブホテルの中で神待ち女性とセックスしている渦中にあるかもしれません。まったく羨ましい限りでございます。

もし、私の神待ち基調講演の最中に、神待ち女性との出会い交渉を成功させ、また、セックスにまでこぎつけてみせた「神」が一人でもいたというのであれば、それは、私にとって望外の喜びであると言えるでしょうし、こうして、神待ち基調講演という形で壇上でおしゃべりした時間も決して無駄ではなかっただろう、と自分を慰めることもできるでしょう。

私自身、こうして話しておりながら、しかも、つい先程、神待ち女性とのセックスを終えてきたばかりだというのに、実は、もう神待ち掲示板にアクセスしたくてたまらない状態でいるのです。

このシンポジウムに集まった「神」の全員が神待ち掲示板を利用し、神待ち女性に出会い交渉をしかけたとしても、神待ち掲示板のサーバーがダウンするということはおそらくないでしょう。もしかしたら、神待ち女性を連れ込むためのラブホテルの部屋の数が足りない、ということは起こってしまうかもしれませんが、その場合は、家にでも連れ込んで神待ちセックスをしてしまえばよいのです。

私は、このシンポジウムに集まったすべての「神」が、今宵、神待ち女性とのセックスに到達することを願っております。

そのために私ができることは、ただひとつ、一刻も早くこの犬のようなおしゃべりをやめて、神待ちセックスがしたくて仕方がないという「神」のみなさまが思う存分に神待ち掲示板を利用開始できるように、身を引くこと以外にはないでしょう。

神待ち掲示板という開かれた場を通して、世代を超えて、顔も名前も知らない「神」のみなさまの穴兄弟にでもなれれば、私は幸いでございます。

ご清聴ありがとうございました。

神待ち掲示板では奈良の女性たちが神を探している

神待ち掲示板を使ってみると次第に明らかになってくるのですが、奈良で神待ちをしている女性の数は想像以上に多いと言わざるを得ません。

奈良の神待ち女性たちは、神待ち掲示板で神の登場をひたすら待ちわびているのです。

傾向としては、「神待ち女性」の数に比して「神」である男性の供給が足りない状況が続いているようにも感じられます。

奈良の神待ち掲示板を使う神待ちの女性たちを放っておくわけにはいきません。

一人の男性であるという前に「神待ち女性」の「神」である私たちは、率先して神待ち女性にアプローチをしかけて、彼女たちに救いの手を差し伸べるべきなのではないでしょうか。

奈良の神待ち掲示板をさまよう神待ち女性と出会って「神」になるタイミングは今をおいて他にはないかもしれません。

奈良の神待ち女性たち

神待ち女性と泊まりたい奈良のラブホテル

奈良の神待ち掲示板で神待ち女性と出会った場合、自宅に泊めるというのもアリなのですが、個人情報漏洩や盗難被害などの危険性を考えると、ラブホテルを利用するに越したことはありません。

奈良市の神待ち掲示板はセックスにおける平城京といっても過言ではありませんし、神待ち掲示板で出会った神待ち女性のオマンコは、そのまま羅生門でもあるわけです。

そんな奈良市のラブホテル事情ですが、古代からの都市計画の伝統に恥じない見事な充実ぶりを見せているのが特徴です。

神待ち女性とセックスするために「安さ」を求めているのであれば、“HOTEL ESSOR”や“ホテル ニューリッツ”、“D-CUBE奈良店”といったラブホテルの利用をオススメしたいところです。

設備とサービスにおいては、“チャペルクラシック 奈良店”、“ホテル S”、“ファインガーデン奈良宝来”といったラブホテル群を抑えておけば、神待ち女性を確実に満足させることができるでしょう。

また、「ラブホテルの概念を超えている」という触れ込みの“Sekitei due”のシンデレラタイムの宿泊費の安さは、確かに「ラブホテルの概念を超えている」という大言壮語をすんなりと受け入れたくなるような驚異的な価格となっています。

生涯学習の一環として神待ち掲示板を利用し、神待ち女性とセックスをしている神にオススメのラブホテルは“べんきょう部屋 奈良店”です。

“べんきょう部屋 奈良店”で過ごす神待ち女性との時間、その「勉強代」が高く感じられるか、安く感じられるかはあなた次第ですし、セックスの勉強には終わりというものがありません。

複製芸術では決して感受できない神待ち女性の生のオマンコが持つ「アウラ」を無媒介的に感じたいなら“AURA RESORT奈良店”を利用しましょう。

なぜ、ポルノなどの鑑賞による自慰で満足せず、神待ち掲示板を利用して神待ち女性とリアルセックスをしているのか。

“AURA RESORT奈良店”で押し開くことになる神待ち女性のオマンコが放つであろう眩い「アウラ」は、その根源的な問いへの答えを雄弁に語ってくれること間違いなしです。

最後に、神待ち女性とセックスする「神」にオススメしたいのは、“ヴィンテージホテル スーリヤ”です。インド神話のなかで「太陽神」という意味を持つ「スーリヤ」の名前を冠したこのラブホテルは、奈良市で神待ち女性とセックスするひとりの「神」として、一度は訪れておきたいラブホテルでしょう。

カワイイ女の子が集まる神待ち掲示板【9月20日版】

神待ち募集を載せている女の子が集まる人気の神待ち募集サイトを紹介します。それぞれの掲示板で異なる特徴があります。

良い方法はどの神待ち掲示板にも無料ポイントが付きますのでとりあえず無料ポイントを使って神待ち募集を出している女性を探して連絡することです。

  • 初めて神待ち掲示板を使うという方にも安心

    ワクワクメール

    【120ポイント無料】

    ワクワクメールで神待ち女の子を探すのが一番という人もいるぐらい人気のある神待ち掲示板です。

    ワクワクメールの神待ち女の子は意外と積極的という評判もあったりします。

    無料登録で遊ぶ※18禁

  • PCMAXで神待ち女の子を誘おう

    ピーシーマックス

    【100ポイント無料】

    女の子の登録者数がかなり多いPCMAX。神待ちもかなり募集が出ます。

    プチ家出娘の他にも、最初からH目的のJkなんかも募集を出していたりします。

    無料登録で遊ぶ※18禁

  • 優良サイトJメールで神待ち娘をゲット!

    Jメール

    【100ポイント無料】

    特にアダルトな雰囲気の女性が募集を出していますが、若い子も結構多いのが特徴です。

    エッチ目的の女性が比較的に多いと噂になっているのがJメールです。

    無料登録で遊ぶ※18禁

奈良, 近畿

Posted by admin