熊本の神待ち掲示板で「神」になろう

2018年10月22日

熊本の神待ち掲示板で「神」になろう

熊本の神待ち掲示板に、神待ちの女性が続々と集まっているのをご存知でしょうか。

神待ちが「神待ち少女」だけを指す言葉ではなくなり、むしろ18歳以上の「大人の神待ち女性」のことを指す言葉になって以来、神待ち掲示板を利用する「神待ちの女性」の数は増加の一途をたどっているといっても過言ではないでしょう。

何らかの事情によって家がなくなってしまい泊まる場所がない女性、一時的な「家出」などで一夜の宿を探している女性などが、神待ち掲示板で神待ちをするという行為は今後もなくなることはないでしょうし、それは熊本の神待ち掲示板においても例外ではありません。

むしろ、例外どころではなく、熊本の神待ち掲示板は、神待ち女性たちのホットスポットにさえなりつつあると言うことができるかもしれません。

熊本の神待ち掲示板では、神待ち女性たちが「神」の登場をいまかいまかと待ち構えている状況が続いていますから、このチャンスを逃すという手はありません。

熊本の神待ち掲示板を使って、いますぐ神待ち女性の「神」になりましょう。

熊本の神待ち掲示板でドスケベ神待ち女性と出会う

熊本の神待ち掲示板で神待ち女性の検索をしながら、こう考えた。

乳に働けば陰茎が立つ。膣に棹させば精が流される。名器に通せば窮屈だ。とかくに女性の膣中は挿れにくい。挿れにくさが高じると安い娼婦の膣中に入れたくなる。どこへ挿入しても挿れにくいと悟ったとき、「神」が生まれて、神待ち掲示板が出来る。

射精することのならぬ膣に挿れにくければ、挿れにくい膣口をどれほどかくつろげて、束の間の快楽を、束の間でも挿れやすくしなければならぬ。ここに「神」という天職ができて、神待ち掲示板というソドムが栄える。あらゆる「神」は神待ち女性の膣の締まりによって長閑になり、精嚢を貧しくするが故に醜い。

挿れにくき膣から、挿れにくき煩いとともに陰茎を引き抜いて、ありがたい顔面にまのあたりに射精をするのが顔射である、膣外射精である、パイズリ狭射である。ただ射精すれば、そこに「神」も逝き、体験談も湧く。陰茎を護謨に包まずとも神待ち女性の嬌声は胸裏に起こる。

自涜者はグラビアの画架に向かって塗抹せんでも五体の絢爛は自ずから男根に映る。ただおのが挿れる膣をかく感じ得て、霊台方寸のカメラにハメ撮りを生々しく収め得れば足る。

この故に、無声の「神」には体験談の一話もなく、射精障害の「神」には絶頂なきも、女体を感じうるの点において、煩悩にとらわれつづける点において、熊本の神待ち掲示板に出入りする点において、またこの仮性包茎の男根を屹立しうるの点において、我利私欲の亀頭を抜き差しする点において、あらゆる俗界の寵児に全面的に劣りながらも幸福である。

神待ち女性のOさん

度胸のないかた募集中でーす

私の考えがここまで漂流してきたときに、私の眼が一人の神待ち女性の書き込みをとらえた。たちまち窓の外で雲雀の鳴き声がした。外を眺めたがどこで鳴いているのか影も形も見えない。ただ声だけが聞こえる。せっせと忙しなく絶えまなく鳴いている。今すぐ出会い交渉をしかけろという指令が空一面に広がっているような心地がしてくる。

雲雀の鳴き声ほどではないが、「神」が出会い交渉をしかけるメールには瞬時の余裕もない。のどかな春の日を性欲の暗い炎で燃やし尽くし、矢継ぎ早に出会い交渉をしかけ、ハメ倒し、また掲示板を開いて交渉をしかけねば気が済まんと見える。

その上、どこまでも堕ちていく。絶頂を迎えるたびに人としての品位を落としていく。「神」はきっとラブホテルのベッドの上で死ぬに違いない。エクスタシーで登り詰めた挙句、ただ精子だけが神待ち女性の膣の裡に残るのかもしれない。

神待ち女性からの返信があったときに魂の在り処が判然とする。神待ち女性からの了承の返信はスマートフォンから届くのではない。魂全体から届くのだ。魂の活動がメールにあらわれたもののうちで、あれほど性的に元気になれるものはない。ああ、愉快だ。こう思って、半勃起になるのが「神」である。

神待ち女性のOさんとは上通りアーケードのパル玉の前で待ち合わせることになった。御影石の上で水圧によって浮かされて不気味な静けさとともに回転するこの巨大な花崗岩の球体オブジェに手をあてながら、やがて触れることができるかもしれない神待ち女性の女体の素肌の肌理を想像して陶然とした心持ちになる。回転するもののどこにも転がっていくことのない球体の静謐な穏やかさと終わらない運動の激しさの同居に嫉妬にも似た感情が芽生えもする。

ライプニッツの考えたモナドというものにもし形をあたえたとしたら、あるいはこのパル玉のようなものになるのかもしれない。しかし、このパル玉を外側から愛撫する限りにおいて、自分にはその表面の感触しかわからないのであるし、私以外のモナドの内部を知ることはとてもできそうにない。

神待ち女性の肉体に触れる私もまた、神待ち女性の皮膚の表面に触れることだけはできるが、神待ち女性を決して理解するということはないだろう。触れあいながら、ときに相手の内部に肉体的に侵入しさえするにも関わらず、それぞれの孤独は決して消え去らず、むしろ表面の接触が重なるほどにその断絶が深まっていく。

パル玉を撫でながら自らの睾丸がキャンタマ袋の中でぐるりぐるりと回転する蠢きを感じて恍惚としている私の不意をつくように、神待ち女性のOさんは私の背後にぴったりと身を寄せるようにしてしばらく立っていたようだ。耳元で囁かれた「御早う」という言葉とともに睾丸を突然鷲掴みにされた私は、眼の前のパル玉が痛みとともにぐにゃりと歪む光景とともに、私の睾丸をぎりぎりと鷲掴みにしている女性の方へ涙目で振り向いた。

昔から神待ち掲示板の「神」は必ず神待ち女性の容貌を極力描写することに相場が決まっている。古今東西の言語で神待ち佳人の品評に使用せられたるものを列挙したならば、青年漫画誌のグラビアのキャッチコピーとその量を争うかもしれぬ。

この辟易すべき少量のステレオタイプの貧しい女性賛美の言葉の中から、私が微弱勃起と尿道球腺液分泌で緩やかな前傾姿勢とともに眺めている神待ち女性を叙すべき適当な言葉をもし拾ったならば、どれほどの陳腐さになるか知れたものではない。

薄紅が塗られた唇はだらしなく開いて性的なひし形である。不自然な瞳孔の眼は青色のカラーコンタクトを入れていると思われ、実際の黒目は慎ましく小さいことが想像される。咀嚼力の弱々しさからくるのか頬から顎先に向けて鋭角な印象がある輪郭ではあるが、下方に向けてすぼまるフォルムにバキュームフェラの吸引力が期待される。

ケープで固められた前髪は鉄壁の様相を示しており、彼女の額を垣間見ることはまったくのぞめないが、わずかな隙間から目尻に向けて垂れ下がることが類推される間の抜けた眉毛だけは辛うじて確認できる。特筆すべきことがない鼻は高くもなく低くもなく、彼女の顔面の全体の調和のなかで違和感なく佇んでいる。SNOWで加工して盛ったならばこれらの特徴はすべてなくなるであろう。

だぶついた白のパーカーは彼女の乳房の服越しの活写を私から拒むようであったのだし、ロブヘアの毛先は当然ながら彼女の鎖骨にその切っ先を伸ばすあたりで途切れるため、彼女の乳房の膨らみに枝垂れるように寄り添うこともない。神待ち十余年の今日にいたるまで、このような神待ち女性は浴びるほど見てきた。

「神」を馬鹿にした様子の底に、なんとなく、男根にしゃぶりつきくわえこみたい、というような景色が見える。表面的な清楚と泥々とした性欲とが喧嘩しながらルームシェアをしている体だ。この神待ち女性の顔に性的な印象がにじむのは、埋めようのない寂寞を肉体的快楽で埋めようとしつづけてきた証拠で、毛穴から愛液を漏らしながらもその漏れた愛液をこぼさないようにしているような顔だ。ドスケベな女に違いない。

Oさんの卓越したフェラチオテクニックに悶絶

Oさんの卓越したフェラチオテクニックに悶絶

「八伍邸」に移動してOさんと夕餉をたしなむことになった。私は睾丸を掴まれていたし、一刻も早く宿屋に彼女を案内したかったのだが、空腹を覚えていたのも確かだった。

分泌液で山水画を描くのも面倒、神待ち女性の性器の形状を歌った俳句を練りだすのも野暮であり、陰茎に思考を奪われて書籍を紐解くこともできない、というような「神」にとって、セックスの期待に浮かれながら神待ち女性とする食事の時間は、実は、それこそが天下の至楽である。

陶板の上で焼かれた熊本県産の赤牛の、陶板の茶、肉の赤身、添えられた野菜の緑黄色の見事な色彩を見て思わず嘆息をあげる。加熱にともなって陶板の茶に肉の赤身が少しずつ近づいていくこの赤牛料理をシャルダンにでも描いてもらいたいものだ。もし、神待ち女性のOさんの肉体に触れず性行為できぬまま帰ったとしても、眼の保養からいえば、この料理を見れただけでも彼女と出会った甲斐があるというものだろう。

とはいえ、料理だけで満足するような私ではない。懐中から取り出したスマートフォンに「ここらに休む所はないかね」と尋ねると、人工知能から「もう十五丁行くとウォータームーンというラブホテルがありますよ」という無機質な声が返ってくる。あからさまなラブホテルの検索をまのあたりにしてOさんは淫猥な笑い声をあげる。性欲に突き動かされただけなのに、私の口からは「月が綺麗ですね」という言葉が危うく出かける。

ウォータームーンのベッドに着衣のまま横たわったOさんを見て、おのずとミレーのオフィーリアの画面が脳裏に浮かんでくる。茶色のシーツが、オフィーリアの横たわった水底に似ていたからであろうか。

シーツの水に浮かんだまま、あるいは沈んだまま、あるいは浮かんだり沈んだりしたまま、ただそのままの姿でいるOさんは美的であった。性的快楽による痙攣的な苦悶を彼女に与えることによって静謐で美的な印象を打ち壊すことになるであろうことを躊躇したほどである。しかし、ミレーはミレー、「神」は「神」であるから、私は「神」の性的欲望に則って、一つ、風流な度助兵衛身体を描いてみたい。

そんなことを考える内に、水死体のように横たわっていたOさんがするりと身を翻して服を一息に脱ぎ去り下着を剥ぎ取り全裸になると、私のズボンを脱がしてフェラチオの姿勢をとった。陰茎を包み込む口内のぬくもりは天鵞絨のごとく柔らかと見えて、足先をピンと伸ばして射精を律することを余儀なくされる。

じゅぶじゅぶと激しく頭部を前後させるOさんの口内で私の陰茎が位置をめまぐるしく移動させられ、Oさんの頬の輪郭は陰茎の形に激しく変化する。

歯を立てぬように注意したものかどうかと、からみつく舌先の感触に悶えながら考える間に、Oさんの卓越したフェラチオはいかんなく私の陰茎を射精へと導こうとしていた。

漲り渡った固い陰茎の柔らかく脆弱な部分を一分子ごとに刺激して、薄紅の暖かに見える喉奥で容赦なく竿を飲み込み、顔にかかる髪の毛をなんども手櫛でもってかきあげて、あらん限りの舌先でちろちろと亀頭の先端を舐める女の姿を見たときは、性技の乱れた風紀、という感じはことごとく私の脳裏に電撃を与えて、ただひたすらに、美しい女の喉奥か顔面の上に精を吐き出したいとのみ思った。

蛇のような舌は射精の直前でその動きを止める。寸止めの扉が何度も閉じられる。精子が出たり入ったりする。Oさんは私の上に乗って騎乗位の体勢をとった。私の老いた陰茎はOさんの膣の中にぬるりと抵抗なく滑り込む。

ピストンで一度前後すれば、すでにこの世のものではない快楽の世界だ。快楽の世界の中では体液の混じり合った臭いのなかで人が働いている。そうして、赤い膣内のなかで滑って、むやみに締め付けられる。頭上では大きな声であんあんあんという喘ぎ声が響く。これから悦楽の園にいく男根は膣の中で勃って無言のまま絶叫を張り上げている。

射精しかけた陰茎を膣の中から引き出したOさんと、引き出された私の陰茎の因果は一瞬だけ途切れる。もうすでにイキかかっている。膣口と鈴口が開いてお互いの性に歪んだ顔が見えるだけで、陰茎と膣の因果は切れかかっている。

Oさんが再び陰茎をその膣でくわえこむと、お互いの股間周りの肉がすぱんすぱんと音をたてながら、性的絶頂の予感が二人に向かって走ってくる。一つ肉が衝突音をたてるごとに、膣でイク人と精子を送る人の距離はますます近くなる。やがて、乾いた衝突音に濡れ雑巾を叩きつけるような音が混じった。世界はもう一つになりつつあった。私は思わず乳房に手をかける。Oさんは髪の毛を振り乱しながら頤を反らす。

「あぶない。出ますよ!」という私の声にも構わず、未練のないOさんの腰使いがぐいんぐいんと調子をとって動き出す。乳房は一つ一つの腰の上下にあわせて私の眼前で揺れる。Oさんの膣が細かい痙攣を繰り返し、ますます私の陰茎を締めつけ、睾丸から送り出された精液が尿道の最後のトンネルを全速力で駆け抜けようとしている。すると、途端に、膣の中で、私の陰茎が急激に萎んだ。

茶色の中折れ陰茎が、Oさんの陰毛だらけの膣口から名残惜しげに外れそうになった。そのとき、Oさんは自分の陰部に絶頂を与えることがないままにまろびでそうになっていた中折陰茎の雁首と眼があった。Oさんは呆然として、絶頂の列車を見送る。その達成されなかった性的絶頂による茫然のうちには、不思議と、いままで見たことがない「シコリティ」が一面に浮いている。

「それだそれだ!それが出れば精が出ますよ」と私はOさんの乳首をつつきながら小声で言って、中折れしたはずの陰茎を瞬時に勃起させて彼女の膣内に大量の精を漏らした。私の射精困難の陰茎の欲望は、この咄嗟の際に成就したのである。

熊本市内の神待ち掲示板で神待ち女性と共生する

活動が多岐に渡っていたころは「あなたは私が何者だと思いますか?それが私の職業です」という挨拶を常套句にしていた時期もありましたが、最近は活動の縮小化にともなって「私は神待ち掲示板の『神』です」と自分から答えるようにしています。そのほうが話がいろいろと早いことに気付かされたからです。私は神待ち掲示板という独立国家の神待ち総理大臣です。「神」の仲間や、神待ち女性たちからは「カミ」と呼ばれることが多いですね。

熊本市内で神待ち掲示板を使っていると、神待ち掲示板にまつわる様々な疑問が思い浮かんできます。私が神待ち掲示板を通して抱いた疑問は数知れませんが、そのうち、主要に感じられるものをいくつかピックアップしてみましょう。

1.なぜ神待ち女性だけが「お金がない」という理由で神待ち掲示板を使うのか。そして、それは本当なのか。

2.毎月家賃を払っているが、なぜ神待ち女性にではなく、大家さんに払っているのか。

3.自家発電でほとんどの性欲は満足するのに、なぜわざわざ神待ち掲示板というものをつくってまで大量の性行為を必要とするのか。

4.インターネット異性紹介事業を利用して児童を誘引する行為の規制法に則ると18歳未満の少年少女の神待ち掲示板の利用は禁じられているはずなのだが、なぜ「神待ち少女」なる言葉が依然として存在しているのか。

5.なぜ神待ち女性は日本銀行券をもらうと涙を流してまで股を開いてしまうのか。

6.他にも様々に宿泊場所を見つける方法はありそうなものだが、なぜ神待ち女性は神待ち掲示板を使わなければ死ぬと勝手に思い込んでいるのか。

7.路上生活者がゼロのはずの日本になぜこんなにも神待ち女性が多く、また、神待ち女性を連れ込みやすい小さくて安いラブホテルが足りないのはなぜなのか。

8.優良な神待ち掲示板は2割程度でありその他の神待ち掲示板はほとんどがダミーサイトであり悪徳掲示板であるにも関わらず、なぜ今も悪質な神待ち掲示板が次々と建てられているのか。

神待ち女性のUさん

ゼロ円セックスOKです

1については、本当とは言い切れません。半分は本当であるが、神待ち女性の中には、経済的な困難などを抱えて家を失っているのではない「単にセックスがしたい」だけの神待ち女性もいるため、「お金がない」という理由だけで神待ち掲示板を利用している神待ち女性だけを想像する場合、神待ち掲示板の現実は捉え損なうことになるでしょう。

2は、土地所有者であるというだけで「住」の暴利を貪り生存権をいたずらに脅かす大家という存在がいなければ、そもそも家を失って放浪することになる神待ち女性が誕生しなかったのではないか、という神待ち女性の発生それ自体に関わる重要な問題ですね。大家の横暴を許し続ける限り、我々もいつ家を失ってもおかしくありません。神待ち女性は私たちの姿でもあるわけです。

3に関しては、男性がセックスを好きすぎるために、自慰や風俗だけでは飽き足らず、あらゆる可能性の消尽の末に神待ち掲示板という異常な環境が誕生した、とひとまず言うことしかできません。性器的な意味での男性として恥ずかしい限りです。

4は神待ち掲示板の黎明期の名残と見てよいでしょう。現在の神待ち掲示板にも18歳未満の神待ち少女と呼ばれる女の子たちとたまに繋がることがありますが、彼女たちに手を出すことは法に触れるすることですから、ほとんどの「神」の男性は神待ち少女を避ける傾向があります。もちろん、便宜上は、ですが。

5は、涙を流してまで股を開くかどうかというのは神待ち女性によるとしか言いようがないのですが、明日の身もわからない路上生活型の神待ち女性であれば、日本銀行券の所有が生存の如何に関わっているのだから、性的な喜びではなくて、生存への喜びの涙であることを忘れてはいけないでしょう。性欲が強すぎる神待ち女性の場合は、流される涙は女性器という神秘の瞼から溢れ出るものということになるでしょうけれど。

6はどうでしょうか。神待ち掲示板というものを一切使わずに宿泊場所を獲得するクレバーな女性もいることにはいるのですが、世の中はそのような強かな女性ばかりではありません。「神」は、そういった強かではなく思慮も足りない神待ち女性を食い物にして他の道を教えずに生きているという意味では残酷で狡猾でもあります。

次に、7です。日本国の生存権が建前でしかない以上、神待ち女性の生存はたえず脅かされつづけると答えることしかできないのがもどかしいところです。ラブホテルとは、そもそも神待ち女性を宿泊させるために作られている施設ではないのですから、「神待ちハウス」というような宿泊施設を自分で作り出せば話は別ですが、神待ち女性を宿泊させることに特化したラブホテルが作られることはあまり期待しないほうがいいでしょう。「神」たるもの、彼女たちの生存を守るためにはいくばくかの出費は覚悟しなければなりません。

最後に8を見てみましょう。これは、金銭的支援をすれば神待ち女性とセックスできる、という甘い話を利用して金稼ぎをしたいと考える連中がいる限り解決しない問題であり、悪質神待ち掲示板の建立は止めることができません。今後も「神」として活動していくのであれば、それが良質な神待ち掲示板であるかどうかを見抜く能力が必須となってきます。

私は神待ち掲示板というものを通して現実というものを拡張することができればいいと個人的に考えています。同じ神待ち掲示板を利用していても、視点を変えるだけで、神待ち掲示板はまったく別の表情を携えることになります。神待ち掲示板は「神」によってまったく違うものです。「神」によって違う多様で多層な視点を、私は神待ち掲示板における「レイヤー」と呼んでいます。

神待ち掲示板を利用する神待ち女性を泊めまくる、その中で、決して疑問を手放さず、神待ちという行為を通して物事を徹底的に「考える」、そして考えたはしから行動する。それらの思考と行動によって、神待ち女性や自分自身だけでなく、人間の共生にまつわる可能領域を拡張するなにかを探求する。これが“カミ”と呼ばれる私の「神」としての基本的な姿勢ということになるでしょうか。

Uさんと神の性の強烈な体臭が混じりあうセックスの記憶

Uさんと神の性の強烈な体臭が混じりあうセックスの記憶

長期的に家がないとき、短期的に家がないとき、ちょっとセックスしたかったり、なんとなく暇なとき。なんだっていいよ。神待ち掲示板のアカウントで公開されていた“カミ”の電話番号、いわゆる「かみまっちの電話」には何度もお世話になったよね。

ネズミ色のオンボロポルシェに乗って熊本駅まで迎えに来てくれた「神」は、いつも“カミ”だったのかもしれないし、それは“カミ”じゃない違う「神」だったのかもしれないけれど、でも、路上生活で打ちのめされていたわたしたちにとって、“カミ”が「神」として誰かなんてことは正直どうでもよかった。

“カミ”としたセックスや、二人で入ったラブホテルがどんなだったかはもうはっきりとは思い出せないけれど、“カミ”がVery Berry Soupでとびきり美味しいスープを飲ませてくれたことだけはいまでもしっかり覚えてる。

“カミ”の「かみまっちの電話」には、熊本市内はもちろんだけど、全国各地の神待ち女性からひっきりなしに電話がかかってきていたみたいだった。“カミ”ってちょっと躁鬱のケがあったから、つながらないこともあったけどね。そんなときも、別に“カミ”にこだわらずに別の「神」に連絡をとってたから、ああ、“カミ”のいつものやつね、って、神待ちの女の子たちはみんな受け入れてたと思うよ。

わたしが“カミ”の家や、熊本市内のラブホテルに泊まっているときに、神待ちをやってる女の子の友達から「いま“カミ”と一緒にいるんだけど」っていうラリったみたいにハメてる電話やLineが入ったことも一度や二度のことじゃない。“カミ”はどこにでもいたのだし、もしかすると、どこにもいなかったのかもしれない。

わたしたち神待ちの女の子たちは、神待ち掲示板にアクセスして“カミ”と音楽みたいにセックスを交わした。音楽ってその場限りで生成しては消えて、聴いている「いま」の状態を完璧に再現するようには思い出せないでしょう。セックスもそういうものだったってこと。『嘔吐』だったかな。カフェのなかでジャズのレコードを聞いて吐き気が消えるって場面があったでしょ?知らない?“カミ”とのセックスの時間にはどこかそれに似たものがあった気がする。

裸足で熊本を歩き回ることは流石になかったけれど、もう何日も同じ靴下や下着を履いていたし、ボロボロの靴の隙間にはいろんな塵が紛れ込んでいたのだし、わたしの身体はどこもかしこも垢にまみれていて不潔で汗臭かったはずなんだけれど、“カミ”はそんなことはお構いなしって感じで、むしろ香りたつ女の体臭を吸い込みたくて仕方なくて鼻を埋めているように見えた。

わたしの顔面の隅々から下半身にまで丹念に舐めながら降りていって、足の指先までしゃぶりたおしてから、君の身体には砂が混じっているよ、アスファルトに頬を寄せて舌なめずりしてるみたいで最高だ、って嬉しそうに笑っていた“カミ”の顔は今はもうおぼろげにしか思い出せない。

わたしは全身を“カミ”に舐められて、大気に触れた彼の唾液はわたしの体液と混じりあって嗅ぐにたえないにおいをラブホテルの室内いっぱいに広げていたけれど、わたしは神待ち女性としての自分の体臭と“カミ”の悪臭が充満するその空間で愛撫を受けたり陰茎を挿入されたりしている時間がそれほど嫌いではなかった。

その時間を味わうように、わたしは自分のものなのか彼のものなのか、所有者がいなくなった体臭空間に包まれながら、“カミ”の陰茎をくわえこんで激しくフェラチオしたものだった。わたしのヴァギナに挿入された“カミ”のペニスには、わたしのマンカスだらけのヴァギナの臭いや味が染みついていて、体臭空間と同じようにわたしの性器と区別がつかなくなっていた。

“カミ”はそれほど裕福な人間じゃなかったはずなんだけど、セックスしようがしまいが、いつでも頭陀袋みたいな財布のなかに入っているお金をぜんぶくれた。こんなのただの紙幣でしかないから俺には必要ないんだ、っていうのが“カミ”の口癖だった。たぶん、躁状態だったんだと思う。

でも、たまにだけど、“カミ”が何を言いたいかがわかった。わたしたちはお金がないことなんかで死んじゃいけないんだ、こんなくだらないことで追い詰められちゃあいけないんだって、きっと“カミ”はそんなことをわたしたちに伝えたかったのだと思う。見当はずれかもしれないけれど、いまはそう考えたい自分がいる。

不衛生なセックスばっかりしていたけれど、“カミ”と寝た神待ち女性はなぜか性病にはならなかった。性病持ちの神待ち女性と寝ても俺は絶対に性病にならないんだ、生まれつきそういう身体なんだ、だから神待ち掲示板を使うのもちっとも怖くないんだ、って豪語してたのを、わたしはセックス後のベッドでいつも笑いながら聞いていたけど、案外、嘘じゃなかったのかもしれないな。

神待ち掲示板を使っていたのは確かだったし、嘘みたいな体験がたくさんあったような気がするけれど、それはもうわたしにとっては過去の時間だった。でもそれは、こうして今の時間でもある。神待ち掲示板には、もしかすると“カミ”と呼ばれていた「神」がいたのかもしれない。たとえいなかったとしても、わたしは、いま、神待ち女性になって、こうして召喚するみたいに“カミ”のことを喋ってしまっている。

“カミ”が死んだって、本当なのだろうか。

神待ち掲示板では熊本の女性たちが神を探している

神待ち掲示板を使ってみると次第に明らかになってくるのですが、熊本で神待ちをしている女性の数は想像以上に多いと言わざるを得ません。

熊本の神待ち女性たちは、神待ち掲示板で神の登場をひたすら待ちわびているのです。

傾向としては、「神待ち女性」の数に比して「神」である男性の供給が足りない状況が続いているようにも感じられます。

熊本の神待ち掲示板を使う神待ちの女性たちを放っておくわけにはいきません。

一人の男性であるという前に「神待ち女性」の「神」である私たちは、率先して神待ち女性にアプローチをしかけて、彼女たちに救いの手を差し伸べるべきなのではないでしょうか。

熊本の神待ち掲示板をさまよう神待ち女性と出会って「神」になるタイミングは今をおいて他にはないかもしれません。

神待ち女性と泊まりたい熊本のラブホテル

熊本の神待ち掲示板で神待ち女性と出会った場合、自宅に泊めるというのもアリなのですが、個人情報漏洩や盗難被害などの危険性を考えると、ラブホテルを利用するに越したことはありません。

熊本のラブホテルといえば、やはり“カプロホテル”でしょうか。他者に対して繭のように固く心を閉ざしている神待ち女性もカプロホテルのベッド上では見目麗しい羽根を翻しながら性の鱗粉を振りまく夜の蝶へと羽化すること間違いありません。

続いて、“ホテル ハミングバード”ですが、このホテルでのセックスにおいては、制御された高速ピストンによって、神待ち女性との快楽が空中で宙吊りになったかのように静止するホバリングセックスが可能になるはずです。

農業の神、ケレースを思わず連想することになる“ホテル セレス”においては、「神」の男性は、母なる大地としての神待ち女性の女性器を自慢の鍬で持って耕す農耕クワマンセックスによって象徴的なincestuousを執り行うことができるでしょう。

熊本の“ルミエール”といえば、神待ち女性のハメ撮り映画が世界で初めて撮影されたことでもお馴染みと言われていますし、神待ちリュミエール兄弟の初期のフィルムによって、ハメ撮り映画の可能性はすべて出尽くしているとも言われています。“ルミエール”の入り口の前にカメラを置き、「神」と神待ち女性が次から次へとラブホテルから出てくるところをワンカットでおさめた「ラブホテルの出口」も必見です。

“DINKS”で神待ち女性とセックスをキメたあとは、神待ち女性と同棲し、神待ち女性の社会復帰のために彼女に労働を促し、共働きを開始するのもオススメです。なぜかというと、そうすることによって、Double Income No Kidsこと、「2収入で子供なし」というDINKSという文字列をそのままなぞることになるからです。

神待ち女性の神待ち女性器が薔薇色に輝くさまを見るだけでは飽き足らず、その女性器から滴る愛液に舌鼓を打つ愛液ソムリエである「神」のあなたには、ラブホテル“ロゼ”を使っていただきたいと思います。

熊本といえば阿蘇山ですが、ラブホテルといえば“あそ”です。阿蘇もひらがなで「あそ」と記述されると、まるで昭和における日本の象徴の彼の癖であった「あ、そ」というそっけない返事のように見えてくるのですから不思議なものです。神待ち掲示板の「神」という、まさに現代の現人神向けのラブホテルです。

“古城”、“メルヘン”、“よい子クラブ”というラブホテルを巡り歩くことによって、懐かしい「おはなし」の世界を、神待ち女性とのセックスを通して改めて読み直すことになるかもしれません。

神待ち掲示板を使う「神」としての実力は十分だが、まだ完全に発揮してはいない、という眠れる獅子型の「神」は“ホテル リオン”を利用することによってさらなる深い眠りに落ち込む獅子となるため、その獅子としての隠された能力は、眠りのなかでオズの魔法使いのライオン程度のものに変化していくことになるでしょう。