富山の神待ち掲示板で「神」になろう

2018年10月22日

富山の神待ち掲示板で「神」になろう

富山の神待ち掲示板に、神待ちの女性が続々と集まっているのをご存知でしょうか。

神待ちが「神待ち少女」だけを指す言葉ではなくなり、むしろ18歳以上の「大人の神待ち女性」のことを指す言葉になって以来、神待ち掲示板を利用する「神待ちの女性」の数は増加の一途をたどっているといっても過言ではないでしょう。

何らかの事情によって家がなくなってしまい泊まる場所がない女性、一時的な「家出」などで一夜の宿を探している女性などが、神待ち掲示板で神待ちをするという行為は今後もなくなることはないでしょうし、それは富山の神待ち掲示板においても例外ではありません。

むしろ、例外どころではなく、富山の神待ち掲示板は、神待ち女性たちのホットスポットにさえなりつつあると言うことができるかもしれません。

富山の神待ち掲示板では、神待ち女性たちが「神」の登場をいまかいまかと待ち構えている状況が続いていますから、このチャンスを逃すという手はありません。

富山の神待ち掲示板を使って、いますぐ神待ち女性の「神」になりましょう。

富山に神待ち掲示板があるという時代の変化に感謝

どうやら富山にも神待ち掲示板があるらしいと知ったときの私の驚きは、ほとんど感慨に近いような驚きであったと思います。

「神待ち掲示板はすでに全国区に広がっているものである」という環境がすでに当たり前になっている現在の状態から「神」としてのキャリアをスタートさせた近年の「神」からすると、私のようなアナクロニズムととれなくもない驚きの感覚を持つのは難しいかもしれません。

もう二十年ほど前になるでしょうか。私が富山で鬱々とした高校生活を送っていたころは、当然ながら、まだ神待ち掲示板と呼ばれるような出会いの掲示板すら設立されていませんでした。これは、富山県に限った話ではなく、全国区、どこでもそうでした。

ときは援助交際ブームの真っ只中でした。援交ブームは後の神待ち掲示板と神待ち少女の誕生へと繋がってもいます。しかし、援助交際のブームというのは、東京のような大都市においてのみ成立する、いわば「東京ローカル」としかいいようがないような局所的なブームでしかなく、どうも、富山に住む自分とは縁遠いものであったという印象がどうしても拭えません。

私が高校生であったから知らなかったというだけで、まったくのゼロではなかったのかもしれませんが、富山県のような地方においては、援助交際をしている同世代の少女というのはそれほど数多くは存在していなかったというのが実感として強くありました。

神待ち女性のHちゃん

ちょっと欲しいものがあるから神に支援してほしいな

そもそも、「少女」という存在が「禁じられた肉体」として商品価値を持っているという援助交際を成立させるための前提が、多くの地方都市ではあまり有効なものとして機能もしておらず成立もしていなかった、というような背景も強調しなければいけないかもしれません。

当時はテレクラブームなどもあったはずですけれども、富山県には店舗型テレクラの波すらあまりきていませんでしたからね。

いわゆる「オヤジ」といわれるような存在にとってきわめて性的な価値がある「少女」という存在、および、それらの「少女」をめぐって発展していく様々な買春のありかたなどは、地方の高校生であった私には、都市部の特権的なセックスカルチャーでしかないと感じられ、自分には手が届かないものだ、という考えがありました。

「少女」という禁じられた肉体が特別な価値を孕み、金銭と交換される可能性を持つ性文化というのは、地方在住の私にとっては「都市」の象徴であったと思います。

雑誌等でしかその存在を知らなかったテレクラを上京して初めて利用したとき、街の素人女子に電話が繋がった瞬間に胸と陰茎に去来した感動は、田舎の高校生が都内のバンドに憧れて上京して初めてライブハウスに緊張しながら足を踏み入れたときの感覚と少しばかり近かったかもしれません。

おそらくは、あの瞬間から、私は都市部の特権的なセックスカルチャーにハマり、都会にかぶれることになりました。

私は、地域的な問題ばかりではなく、年齢的な問題もあって、援助交際ブームやテレクラブームにはリアルタイムでは間に合いませんでした。「出遅れた」という感覚、上の世代や都市部育ちの人間への嫉妬感情があったことは確かです。

しかし、神待ち掲示板黎明期のころは、すでに都内での暮らしをはじめてからしばらく経っていましたし、経済的にもそれなりに安定してきていましたから、神待ち掲示板という新しい環境には即座に食いつくことになりました。

神待ち掲示板というのは、私にとって、リアルタイムではじめて生身で体験することができた「都市の最先端のセックスカルチャー」だったのです。

富山県の田舎学生時代は、宝島のムックだとか、フィールドワークに余念のない社会学者たちの書物などでしか知ることができなかったような「都市部の特権的な最先端のセックスカルチャー」に、いま、自分がまさに当事者として関与している、という神待ち掲示板利用中のセックス・エリートとしての感覚は、いま思うとくだらないものなのですが、上京してきた田舎者でしかない富山県民の私の自意識を大いに満たしてくれるものでした。

神待ち掲示板に規制法が敷かれる以前は、当たり前のように「神待ち少女」という禁じられた肉体に交渉を仕掛けて神待ちセックスをしていました。

規制法が敷かれて「神待ち少女」との接触が困難になってからは、「神待ち少女」と神待ちセックスをするということはほとんどなくなりました。ですが、「神待ち少女」という存在の「禁じられた肉体」という要素はより強まり、すでに失われたものとして特別扱いされていましたから、接触の危険度と比例するようにして、その若い肉体の持つ性的な価値もより高いものとして上昇していた記憶があります。

神待ち掲示板黎明期には「神待ち少女」を特別視するような意識は希薄だったと思います。現在は、セックスできなくなったことにより価値が高まりきった「神待ち少女」に対する強い幻想と、成熟した神待ち女性とのセックスだけが神待ち掲示板に残った、というところでしょうね。

Hちゃんの膣内で地域格差の消失を実感しながら射精する

Hちゃんの膣内で地域格差の消失を実感しながら射精する

仕事の都合で地元の富山県に戻るまでは、東京の神待ち掲示板を使って、黎明期から開始した「神」の活動を地道に継続しておりましたから、神待ちセックスには事欠くことがほとんどありませんでした。

転勤が決まったころの私は、東京の神待ち掲示板で完全に自足しきっている「神」でしたから、日本全国の地方都市に神待ち掲示板が広がり、どの都道府県にいても神待ち掲示板が利用できるということや、「神」としての活動が展開できるということをまったく知りませんでした。

ですから、「地元に戻らなければならない」と決まったときに、まず懸念されたのは「神待ち掲示板が使えなくなるのではないか」ということでした。その考えは、「神」として生きる以外の生き方がなかった私にとって、ほとんど絶望的なものに感じられました。

富山、神待ち掲示板、という文字列を初めてインターネットの検索窓に打ち込んだときの私の感情は「諦め」であったと思います。ですから、検索結果として出てきた富山の神待ち掲示板にまつわる情報が大量に出てきたときは、正直なところ、眼を疑いました。そして、驚き、感慨を抱くことになったのです。

富山に戻っても「神」としての活動が継続できるとわかったときの喜びを隠すことはできませんでした。上司や同僚などに上機嫌であることを指摘されると「やっぱり、故郷に戻れるのはうれしいことですよね」などと答えていましたが、あやうく「神待ち掲示板が使えますからね」と口走りそうになってしまったこともありました。

富山の神待ち掲示板を使い、最初に神待ちセックスをした神待ち女性のHちゃんとの一夜は、いまでも忘れられません。その神待ちセックスが「時代はこんなにも変わってしまった」という実感をともなったセックスであったからです。

富山に戻って最初の神待ちでしたから、食事も奮発しました。居酒屋「とやま方舟」で刺し身と日本酒を味わいながら、出会い交渉に成功した神待ち女性のHちゃんと話している時間のなかで、私は、「神」としての第二の人生が始まったのだ、という事実をゆっくりと自分のなかに溶かし込んでいくことになりました。

「とやま方舟」で食事をしてからラブホテル「St.River」へと移動していくまでの流れは、東京在住時に何度も経験した「神」の行動をそのままなぞるようであって、私は既視感にとらわれもするほどで、自分が東京にいるのか富山にいるのかがふいにわからなくなるような瞬間さえもあったものです。

「もう、神待ち掲示板はすでに大都市の特権的なセックスカルチャーではなくなってしまった。人はどこに住んでいても神待ち掲示板を利用することができるのだし、『神』として活動することができる。神待ち掲示板における『少女』の『禁じられた肉体』としての価値は、地方都市においても性的に優れたものとしての地位を確立し、手の届かないものとして強い幻想を与えつづけている。時代は、神待ち掲示板というセックスカルチャーをとりまく環境は、すっかり変わってしまったのだ!」

ラブホテル「St.River」の108号室、マウンテンハンガーの室内で、正常位で挿入し、自分の陰茎のピストンに応じて眼の前で暴れまわるようにして跳ねあがっては形をひしゃげるHちゃんの豊満な乳房を眺めて、全身汗だくになって射精をこらえている私の脳裏では、そのような独白が行われていました。私は歓喜の笑みがこぼれるのを隠すために、みずからの顔面をHちゃんの乳房にむしゃぶりつくようにして荒々しく押しつけ、その乳首をちゅぱちゅぱと吸い上げました。

富山県のラブホテルで富山の神待ち女性とセックスをしている、という眼の前の信じがたい状況に身を投じながら、私は、Hちゃんの膣のなかで、セックスカルチャーの首都に劣等感をいだいていた十代の自分の陰茎と、現在の自分の陰茎が、あふれでる愛液のなかで溶け合って和解していく姿を、濃厚膣内射精による目眩とともに見るようでもありました。

Hちゃんとの神待ちセックスのあとも、私は富山県の神待ち掲示板にほぼ毎日アクセスし、タイミングを見つけては神待ち女性に出会いと性の交渉をしかけ、現在にいたるまで、なかなかの成功率で神待ちセックスを遂行する日々をすごしております。

家賃などが東京などに比べると安いということもあって、利用できる神待ち費用などに余裕ができたことによって、むしろ、都心にいたときよりも潤沢な「神」としての活動が展開できているかもしれません。

最近の私は、都内で辛い思いをしながら暮らしている「神」の友人などに、地方移住をすすめるようにしています。

「東京でしか手に入れることができないセックスというのは、いまではほとんどなくなった。いま、あなたが都内で行っているセックスのほとんどは、地方に移住しても十分にすることができる類のセックスである、少なくとも神待ち掲示板を利用して『神』になるのであれば、その傾向はますます強くなるばかりだ。地域格差というものは神待ち掲示板以外ではいまでも根強いが、こと神待ち掲示板においては地域格差はほとんど解消されているといってよいだろう」

これが、富山県の神待ち掲示板を利用して神待ち女性とハメまくっている私が導き出した、現在の持論であります。

高岡の神待ち掲示板で憧れの女の子が神待ち少女になっていた

所属していた美術部の部員が全員参加しなければならない展覧会が間近に迫り、制作を追い込まなければならなかったある日、部室からの帰りがいつもより遅くなってしまった夜に、ライトアップされた高岡の大仏の前で私にとって憧れだった同級生の女の子が見知らぬ初老の男性とくちづけを交わしている姿を見てしまった。

静まりかえった大佛寺の境内では、大仏の煌々とした光を浴びながら舌を絡ませあう二人の息遣いや唾液のしたたりを聞き取ることさえできてしまう。私の鼓動は早鐘を打ちはじめ、背筋には蛇が這い降りていくような冷や汗の感触が通り過ぎた。憧れの同級生であるRさんは私の絵を気に入ってくれたはじめての人であった。

あなたが有名なアーティストになったらオークションで一稼ぎさせてもらおうかしら、という彼女に求められるままに私が譲り渡したタブローを、ためつすがめつして眺めながら、平凡なモチーフなのになんだか不思議と惹きつけてくるものがあるね、と呟いていた彼女の横顔の印象、放課後の美術室に差し込んだ夕陽が彼女の顔を赤く染め、睫毛が光と戯れるようにして微細に震えていた光景には、なにか忘れがたいものがあった。私のなかに彼女が棲み着いた瞬間だった。

境内での逢引を目撃した翌日から、彼女が学校を休む日が次第に増えていった。一週間もすると、彼女はすっかり不登校になってしまい、その姿を校内で見ることは、ついに、まったくなくなってしまった。

クラスメイトの間では、彼女が神待ち掲示板とよばれるいかがわしい掲示板を使って、「神」と呼ばれる買春を目的とする男性に股を開き、金銭的援助を得ているらしい、という噂が囁かれていた。

私は、その噂を耳にするたびに硬直し、不在の椅子をちらちらと眺めやりながら確証のないひそひそ話をするクラスメイトに不快を感じていた。それと同時に、高岡の大仏の前でくちづけを交わしていた二人の曖昧な姿と生々しい湿った音は、眼差しを向けたとき以上に輪郭が鮮明になっていき、湿り気を増しながら、私のなかに暗い影を落としたのだった。

神待ち掲示板、神待ち少女、そして、「神」といった言葉が、静かな暮らしのなかにするりと侵入してきた。私は、神待ち掲示板という言葉にとりつかれて、呪われてしまっていた。

神待ち女性のRさん

それともあたしといっしょにラブホテルに入るのがいや?

彼女が本当に神待ち掲示板を使う神待ち少女だったのかどうかを知る術はなかった。不登校になると同時に彼女の携帯電話の連絡先は変わっていたのだし、私には彼女の家を実際に訪ねて問いただすような勇気もなかった。そもそも、絵を渡したからといって、私と彼女はそれ以上に親しい間柄でもなかったのだ。

彼女は気まぐれに通りがかった美術室に立ち寄って一人居残って絵を描いていた私に話しかけただけなのだし、私が彼女に対して秘かに抱いた憧れは一方的なものだった。

神待ち掲示板を使う神待ち少女という彼女に関する噂が広がっていき、漠然とした憧れの対象でしかなかった彼女が、なにか不可解で異物的な存在に変貌してから、私は、自分が彼女のことを何も知らないということに気付かされることになった。

彼女とのことは、自分の絵をめぐる話をしたときのわずかな記憶しか持っていなかった。あとは、同じ教室のなかで授業を受けながら、私の斜向いに座っていた彼女の後ろ姿と、彼女が授業中にふいにする様々な仕草などの、見るでもなく見ていた曖昧な記憶が、すでにすりきれて消えかかったものとして残っているだけだった。

不登校になっていた彼女は、しばらくすると、転校した、という教師の簡潔な一言で済まされる形で、完全に交渉不可能な存在としてどこかに消え失せてしまった。

彼女が神待ち掲示板を利用する神待ち少女だという噂を立てていたクラスメイトからは、新たな噂の火種があがった。その勝手な言い草は、煙のない場所であっても火を立ててしまえばいいのだ、と言わんばかりだった。

神待ち少女の自分を買ってくれた「神」の男性に入れ込んでしまい、駆け落ちしてしまった。性病持ちの「神」の男性との性行為によって身体を壊してしまった。人格に問題のある「神」と出会ってしまい犯罪に巻き込まれてしまった。神待ち掲示板で違法な管理売春を行う援助交際デリバリーの一味の情婦となって盲目な愛に貫かれるままに援助交際デリバリーに加担している。

彼女が転校してから一月ほどは、およそ彼女のことが話題にのぼらない日はないのではないかと思われるほど、神待ち少女としての彼女の噂がクラス内に飛び交っていたのだが、しばらくすると、一人、また二人と、彼女の存在を忘却していくようにして、もう神待ち掲示板の話はやめにしようや、という協定でも結んだかのように、少しずつ彼女にまつわる噂が減っていき、やがて、誰も彼女のことを話さなくなった。

おそらくは、クラスメイトそれぞれに受験の季節などが近づいてきたという事情もあったのだろうし、初めは刺激的に思われた神待ち掲示板や神待ち少女という話題が思いのほか早く色褪せて退屈なものに感じられてしまった、ということもあったのだろう。

噂がやみ、彼女の存在をクラス全体が忘れてしまったかのような、はじめから彼女など存在していなかったのだというような白けた雰囲気が支配的になっていくなかで、私のなかでは、神待ち掲示板を利用する神待ち少女としての彼女の面影が日に日に強くなっていたのだった。

展覧会に出すための作品は、もしかしたら彼女が見てくれるかもしれない、というような甘ったれた淡い期待がわずかな意欲を支えていたようで、もう身を入れて制作に取り組むことはできなくなっていた。

私は、デ・クーニングの影響が隠しきれない描きかけの女体の絵を、白一面に何重にも塗りつぶし、マレーヴィチ風の白いカンバスへとリセットさせたあと、その上に白い四角を描くのではなく、ナイフでカンバスに一筋の切れ目をいれたものを作品として提出した。

美術部の顧問は、私の手抜きの作品がフォンタナの露骨な剽窃であることを皮肉ってから、美術史を知らないなどとそう舐めてかかられては困るのだ、と私に苦言を呈していたのだが、神待ち少女と神待ち掲示板というものに呪われていた私には、私のためを思ってしてくれた顧問のアドバイスは、もうどうでもいいことだった。私は、これはハイレッド・センターに対するスモール・ビレッジ・センターみたいなもので、再現芸術の一環ですよ、などと適当なことを答えていた。

私にとっては憧れの存在だった彼女は、「神」にとっては禁じられた果実である神待ち少女であった。双方の立場の男性からのそれぞれに性的な意味をはらむ眼差しを受けながら、彼女は「私」と考え始めるときに、自分を何だと考えていたのだろうか。彼女に憧れている、ということを私が伝えていなかった以上、やはり、彼女は「私は」と呟いてからしばらく間をおいて、「私は、神待ち少女なのだ」と断言してみせたのだろうか。

高岡は、私にとって彼女の記憶が隅々にまで染みついた街だった。もちろん、私と彼女が恋人という関係で高岡という街を二人で過ごした記憶が宿っている、という意味ではない。それは、彼女にひっそりと憧れながら、ぼんやりと彼女のことを考える一人の時間を、高岡という街で自分がたえず過ごしていたという意味にすぎない。

彼女が高岡の神待ち掲示板を利用する神待ち少女であったという確たる証拠はない。しょせん、それは噂でしかなかったのだから。しかし、彼女が神待ち少女であるということは、高岡の大仏の前で口づけを交わす彼女と初老の男性の光景とともに、私のなかで、拭いきれない、疑えないようなものへと固定化されていったのだった。

おそらく、きっと、いや、間違いない、そう、彼女は神待ち少女だったのだ。逡巡と否定、葛藤の堂々巡りの末に、私はいつもこのような結論を導き出したものだった。私のなかで、彼女は神待ち少女以外の何者でもなくなっていたのだ。

高岡という街は、私にとっては彼女のことを考えながら暮らしてきた街だった。だから、高岡は彼女そのものだった。彼女が神待ち少女以外の何者でもなくなってしまった以上、私にとって、高岡は、神待ち少女の記憶を巡る街でしかなくなってしまった。高岡という街は、ひとつの神待ち掲示板になってしまったのだ。

私は、神待ち掲示板そのものになってしまったこの街から脱出しなければならなかった。あこがれだけがあり、接触はのぞめない、それどころか、街中の「神」たちに挿入はされているであろう幻想の神待ち少女が住んでいた、この神待ち掲示板の外へと逃げ出さなければならなかった。

その頃の自分にはそれ以外の能力がなかったから、私は美術大学へと進学することになった。親や教師には、美術への関心があるので専門的な勉強がしたい、という虚偽の証言をして説得しながらも、私の念頭には、この神待ち掲示板化した街から一刻も早く消え去りたい、という消失願望だけがあった。妖しく照らされる高岡の大仏の眼の届かない遠い場所で、新しい暮らしを始めなければならなかった。

あこがれの神待ちセックスで射精の勢いがすごいことになる

あこがれの神待ちセックスで射精の勢いがすごいことになる

私は、高岡という神待ち掲示板から果たして逃げおおせることができたのだろうか。むしろ、高岡市から逃げることによって、より強く神待ち掲示板というものに拘泥し、四肢を絡め取られることになったのではないだろうか。

どうやら、私は、あの高岡の大仏の前で立ち尽くした地点から一歩も動いていないらしい。いや、むしろ、後退してしまったのかもしれない。

神待ち女性とのセックスを終えたラブホテル「ボニータ相模原」の一室で、神待ち掲示板を利用する「神」になってしまった自分の情けない境遇を思い、高岡のことを回想して苦笑しながら煙草に火をつける。

数度の性的絶頂で汗だくになり、休憩を欲してきた神待ち女性がシャワーを浴びている音がする。

乳首なめ手コキをしていた神待ち女性のテクニックによって為す術もなくペニスが射精をむかえると、乳首を舐めてくれていた神待ち女性の髪の毛にまでくまなく精液を飛ばしてしまった。居酒屋「おっけい」で食べたカキの蒸し焼きが精力を強めてくれたのか、私の射精の勢いは普段よりはるかに凄まじかったのだ。私は神待ち女性に厳しく叱責されることになった。いまごろは、私のザーメンを丹念にお湯で洗い流しているところだろう。

交渉に成功し、ラブホテルでセックスをすることになった神待ち女性には言えないことなのだが、射精の瞬間、私は眼の前にいる神待ち女性のことを考えてはいない。精嚢の奥から尿道をのぼり迫ってくる射精の感覚とともに目を閉じるとき、私の脳裏に浮かんでくるのは、いつでも、高岡市で神待ち少女だったかもしれないRさんの面影と名前である。

もちろん、射精の瞬間にRさんの名前を連呼するようなことがないよう、声を出さないことを心がけているが、神待ち女性の女性器のなかに男性器を挿入したり、その女体を撫で回したりしている私は、いつも不在の神待ち少女であるRさんの名前を呼び続けているようなのだ。

私の身体は高岡市にはすでにないのだが、神待ち女性とセックスをする射精の瞬間だけは高岡の大仏の前で絶頂をむかえているような気がする。快楽の頂点がせまりくると、いつも決まって、大仏の前で濃厚に舌を絡ませ合う神待ち少女と初老の「神」の口元のクローズアップが浮かびあがってくる。

あのとき、私は呆然と境内に立ち尽くし、冷や汗までかいたようだったのだが、本当はその場で陰茎をしごきあげたかったのかもしれない。ずりおろされたパンツをガレー船の奴隷のように片足のくるぶしで引きずりながら、陰茎をしごいて二人のもとに突進し、「神」とキスをする神待ち少女の顔面に精液をぶちまけてしまいたかったのかもしれない。

そんなことを思いながら、私が一人でくすくすと笑っていると、シャワーから出てきた神待ち女性が、私を見て訝るような顔をしている。

どうしたんですか。いや、なんでもないよ。でも、としつこく言いかける神待ち女性の唇を無理やり奪って口を塞ぎながら、身を清めたばかりの神待ち女性との二回戦目のセックスに突入する。私は、どうしてこんな「神」になってしまったのだろう。

美術大学に入学して二年ほどは、何事もなく淡々と課題をこなし、作品を提出し、それほど親しくはないが、ときおり飲みに行く程度の仲間もでき、高岡のことや、神待ち掲示板のことはほとんど考えないような暮らしを送れていた。恋人もでき、このまま順風満帆にいけば、神待ち掲示板というものから身を引き離したまま、高岡市の軛から逃れて生きていけると思っていたものだった。

美術関連のやや高価な書籍を買うために行っていたアルバイト、ライターの仕事が、私を神待ち掲示板というものに接近させることになった。長らく視界に入れずにやりすごしてきた神待ち掲示板というあの呪われた単語が、仕事の依頼書のなかに紛れ込んでいたのである。

神待ち体験談というものを書かなければならなかった。もちろん、神待ち掲示板を実際に使わなくても、神待ち体験談などというものはいくらでも書ける。

それでも、魔が差した、ということなのだろう。私は、自分を高岡市から追い出すことにもなり、現在の自分の境遇にまで繋がっている起源のような言葉である神待ち掲示板という言葉に、ふたたび魅入られたようになってしまっていたのだ。 もしかすると、そこには、初恋の相手であるRさん、あの神待ち少女になってしまった憧れの女の子と再開できるかもしれない、とでもいうような甘い期待があったのかもしれない。

神待ち掲示板にアクセスしたとき、そこが高岡市の神待ち掲示板ではなく、相模原市の神待ち掲示板であったにも関わらず、掲示板の書き込みを逍遥しながら私が嗅ぎ取ったのは、あの懐かしい高岡市内のにおいだった。

神待ち女性との接触は、初心者の自分であってもそれほど難易度が高いものではなく、もちろん、失敗は数回ほど経験したものの、あっさりと出会い交渉に成功し、その日のうちに神待ちセックスを敢行することになった。セックスをするまでは、神待ち体験談のためだ、それを書いて得られる賃金で購入する美術書のためだ、というような言い聞かせがあった。

しかし、ラブホテルでセックスを終えるころには、私からはそのようなエクスキューズは消え去っており、もはや、引き返しようもなく「神」と呼ぶほかない存在になっていた。

失われた神待ち少女を強く求めている自分がいた。高岡市から逃げる原因ともなった、勝手に逃げる原因にしたあの神待ち少女を強く欲望している自分が、神待ち女性を前にして、かつてないほどの勃起をしていることに気づいた。

性に対してはどちらかというと淡白であると考えていた。女体を見てもそれほど興奮せず、おそらく女体を見て興奮するような男性は、女体という「制度」と寝ることに疑いがないのだろう、ということを考える程度には、あまり性に没入しない性質の人間だと思っていた。

ところが、違っていた。私は、自分が気づいていなかっただけで、「神待ち掲示板を使う神待ち女性」という対象に興奮するフェティシズムの持ち主だったのだ。むろん、それが「神待ち女性」ではなく「神待ち少女」であったならば、その興奮はさらに強まることになるだろう。

思えば、神待ち掲示板という文字が目に飛び込んできてから、神待ち掲示板にアクセスし、神待ち女性を検索するという一連のプロセスのなかで、私は、なにか微熱のような感覚にとらわれていたのだった。それは、高岡市のにおい、神待ち掲示板化したふるさとのにおいを嗅いだことによって訪れた微熱ではなかったか。

熱狂は神待ち女性の膣奥まで達する。私の微熱は、神待ち女性とのセックスを通していよいよ高熱をはらみ、私の脳は快楽で焼かれた。私は、はじめからずっと、神待ち掲示板を利用するような神待ち女とセックスがしたかったのだ。私は、神待ち女性とのセックスに憧れていたのだし、「神」になることをのぞんでいたのに、それから目を背けて逃げ続けていたのだった。

高岡市の高校生活のなかでRさんが誰にも言わずにひっそりと神待ち少女になった、という行動を模倣して反復するように、私も、大学内の誰にもばれないように「神」になり、「神」としての活動を過激化させていくことになった。

それほど親密ではない学友には、私が「神」であることを隠すことはそれほど難しいことではなかった。しかし、当時のパートナーに対して、自分が「神」であることを隠すのはいよいよ難しくなっていった。

直接的に何か言われるということはなかったが、私の内部でひそやかに進行していた変貌は、パートナーに対して、恋人が別人になってしまった、という印象を与えたようだ。別れはあちらから告げられることになった。なにか、おぞましいものがとりついてしまったかのようで、というのが、最後の言葉だった。「神」として充足しはじめていた私は別れることに何の抵抗もなかった。

制作も何もかもおろそかになった。私は「神」としての活動を重点的に行なった。パートナーから少しずつ広がっていったのか、私が「神」であるということは、次第に、学友たちの間にも知られていったようで、私には神待ち掲示板以外の居場所がなくなっていき、ゼミなどに足を運ぶのが難しくなった。

「ボニータ相模原」でのセックスは、退学届を出してから、この街を去るまえに最後にしようと決めて交渉をしかけた神待ちセックスだった。二回戦目のセックスも、神待ち女性に激しく腰を打ちつけながら、私は、Rさんという神待ち少女のことを、そして、高岡市という神待ち掲示板都市のことを考えていた。

このセックスが終わったら、私はこの街から失踪して、神待ち掲示板へと帰るのだ。Rさんが身を隠して神待ち少女として掲示板のなかに消え去っていったように、私もまた神待ち掲示板のなかへと身を潜め、神待ち掲示板としての街を誰にも見つからないように彷徨い歩くのだ。

神待ち女性の膣内に迸る精液を放ちながら白濁する意識のなかで、射精後にしぼんでゆく陰茎と反するように、私は、みずからの呪われた部分に血液が充填されて膨れ上がっていく感覚を味わいながら、あこがれの神待ち少女の名前をついに絶叫していた。

神待ち掲示板では富山の女性たちが神を探している

神待ち掲示板を使ってみると次第に明らかになってくるのですが、富山で神待ちをしている女性の数は想像以上に多いと言わざるを得ません。

富山の神待ち女性たちは、神待ち掲示板で神の登場をひたすら待ちわびているのです。

傾向としては、「神待ち女性」の数に比して「神」である男性の供給が足りない状況が続いているようにも感じられます。

富山の神待ち掲示板を使う神待ちの女性たちを放っておくわけにはいきません。

一人の男性であるという前に「神待ち女性」の「神」である私たちは、率先して神待ち女性にアプローチをしかけて、彼女たちに救いの手を差し伸べるべきなのではないでしょうか。

富山の神待ち掲示板をさまよう神待ち女性と出会って「神」になるタイミングは今をおいて他にはないかもしれません。

神待ち女性と泊まりたい富山のラブホテル

富山の神待ち掲示板で神待ち女性と出会った場合、自宅に泊めるというのもアリなのですが、個人情報漏洩や盗難被害などの危険性を考えると、ラブホテルを利用するに越したことはありません。

使い勝手がよいラブホテルを見つけるほうがむしろ簡単だという富山市の環境は、神待ち掲示板を利用して神待ち女性とセックスする人間にとっては実にありがたいことです。

まずは安定の“ウォーターゲート富山”ですが、宿泊料金良し、設備よしで、欠点を探すほうが難しいくらいです。

“ホテル ELLE”は珈琲が売りのラブホテル。神待ち女性とのセックスを終えたあと、ゆったりと最高の珈琲タイムを過ごすことができるでしょう。

“フォレストホテル”は都市空間のなかにひっそりと佇む「森」のホテルです。

神待ち掲示板の利用というのは神待ちの森に迷い込むということでもあるわけですから“フォレストホテル”で神待ち女性とセックスをするというのは、本来そうあるべき場所でセックスをするということに等しいかもしれません。

宿泊料金が均一で使いやすい“RAMSES MALIBU”も神待ち女性とセックスするラブホテルとして覚えておきたいところ。“RAMSES MALIBU”はいわば神待ちの惑星。セックスを終えて路上に出た瞬間「ここは地球だったのか」という一言も飛び出そうというもの。

天国にいちばん近いホテルという触れ込みの“オアシス”もその看板に偽りなしといえます。ラブホテルの名前がヘヴンだとしたらそこは「天国そのもの」ですが、オアシスであれば「天国にいちばん近い」という言葉が適切なのです。

“ホテルスカイ・ロード”まで追ってくると、いよいよ富山市のホテル事情の充実がいよいよ証明されるようではありませんか。そんなことを言いたくなるような宿泊費の安さと、ラブホテルとしての設備のよさが、ここにはあります。

“ホテルプラザ”や“ホテル フェニックス”は、使い勝手がよい富山市のラブホテルのなかでも、さらに穴場として覚えておきたいホテルです。穴場の把握によって、神待ち女性とセックスするための準備は完璧なものになるはずです。

ラブホテル“YOU&YOU”は、「神待ち女性」と「神」が呼び合う「あなた」だけの世界が待っており、セックスを通してお互いの存在がどろどろに溶け合う快楽のなかで、「私」という一人称が完全に喪失してしまうこと間違いなしでしょう。

最後に“ふたりぽっち富山”ですが、このホテルを使えば、神待ち女性との完全なるふたりぼっち状態に没入することができるでしょう。「神待ち女性」と「神」しかいないふたりぼっちの空間というのは、なんだか、世界の終焉の景色を見るようですね。

中部, 富山

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