山口の神待ち掲示板で「神」になろう

2018年10月22日

山口の神待ち掲示板で「神」になろう

山口の神待ち掲示板に、神待ちの女性が続々と集まっているのをご存知でしょうか。

神待ちが「神待ち少女」だけを指す言葉ではなくなり、むしろ18歳以上の「大人の神待ち女性」のことを指す言葉になって以来、神待ち掲示板を利用する「神待ちの女性」の数は増加の一途をたどっているといっても過言ではないでしょう。

何らかの事情によって家がなくなってしまい泊まる場所がない女性、一時的な「家出」などで一夜の宿を探している女性などが、神待ち掲示板で神待ちをするという行為は今後もなくなることはないでしょうし、それは山口の神待ち掲示板においても例外ではありません。

むしろ、例外どころではなく、山口の神待ち掲示板は、神待ち女性たちのホットスポットにさえなりつつあると言うことができるかもしれません。

山口の神待ち掲示板では、神待ち女性たちが「神」の登場をいまかいまかと待ち構えている状況が続いていますから、このチャンスを逃すという手はありません。

山口の神待ち掲示板を使って、いますぐ神待ち女性の「神」になりましょう。

山口の神待ち掲示板で神待ち女性とセックスしまくっている

山口の神待ち掲示板は全盛期を過ぎただろうか。いや、そうではあるまい。山口の神待ち掲示板は、いま果たしてどうであろうか。私はこの問いに体験談でもって応えて自分を満足させたいという望みを起こしたのだし、現在の山口の神待ち掲示板を通してその望みはますます大きくなってきた。

さて、この望みが自分の体験談ではたして達せられるだろうか。それは容易ではないが、決してできないとはいわない。それだけ、私はいまの山口の神待ち掲示板に使い勝手の良さを感じている。おそらく、同感の人も少なからずいるのではないかと思う。

それで、すこし端緒をここに開き、私の春から夏にかけての山口の神待ち掲示板の利用を通して自分が見て感じたところを書き、私の望みの一部分を満たしたい。

まず、問いへの答えとしては、山口の神待ち掲示板の神待ち女性の美は、いまも全盛期に劣らずの一言である。

昔の神待ち掲示板は実際にどんな神待ち女性がいたものか、それは想像も及ばないほどであったに違いないが、自分がいま利用する神待ち掲示板の交渉成功率も神待ち女性のクオリティの高さも決して誇張ではない、と断言させるほどに私を動かしているのである。

私は山口の神待ち掲示板の神待ち女性の美といったが、美というよりも、むしろエロさといいたい。そのほうが適切と思われる。

神待ち女性のYさん

山は暮れて野は黄昏の薄かな

まずは、自分は材料不足のところから自分の体験記を種にしてみたい。自分は春の終わりから夏の初めまで、山口県の小さな神待ち掲示板に常駐していた。自分が現在の神待ち掲示板を肯定したいと考えたのもこの時期のこと。春から夏の事のみを今書くというのもそのわけである。

五月十二日――「朝、出会い交渉は未遂に終わり、『神』、自慰する。白濁液拭うがごとし。亀頭、黒曜石のごとくかがやく。交渉を断った神待ち女性のアカウントに向けて、ヴァギナ明らかに淋病の色濃い、などと悪態をつく」

同月十九日――「神待ち女性の膣は奥深く、挿入後は締まる。風呂に入りて漂う陰毛の絶間から陰唇がのぞく。朝、まだ勃起がおさまらぬ間にラブホテル『コテージ・ムウ』を出て、『カフェ・ダガリ』にてモーニングを食べ、生活費を渡す」

同月二十五日――「午後、待ち合わせ場所の種田山頭火像前を訪れる。像の前に立ち尽くして、フル勃起し、軽度の寸止めポケットオナニー、黙想。神待ち女性に約束を破られ、待ち合わせをすっぽかされる」

六月八日――「天高く勃起する。神待ち女性の胴体をまたぎ豊穣な乳房の上にたてば卑猥な顔面近く、鼻梁の山脈を超えた額の地平線上に黒髪。白濁一閃、ぼってりと膨らんだ唇といわず、丸みを帯びた鼻先、広い額をかすめ、ようやく流れるような黒髪に到り、精液付着部分はカピカッピ。神待ち女性、射精に対して怒髪天をつく」

同月十八日――「スパムを蹈んで悪質神待ち掲示板を逍遥する。法外な料金体系のなかを這い、神待ち資金削られる」

同月二十三日――「天晴れ、見目麗しく抱き心地よき神待ち女性とのセックスに成功。アミーゴ・デ・アミーゴにてタコスを堪能。惣流を彷彿とさせる小生意気な神待ち女性であった故に、シンクロ率を高める目的でツイスターゲームに興じる。大股に開かれた惣流・神待ち・ラングレーの女性器をアクロバティックな姿勢で眺めることで、ツイストする手足に勃起した陰茎が加わり、赤色の円を亀頭の先端が抑える」

七月二日――「昨夜の『神』大量発生にて、神待ち女性ほとんど陥落せり、出会いの可能性ことごとく刈り取られる。神待ち掲示板、冬枯の淋しき様となる。陰茎まったく勃たず、手慰みにアダルトビデオを望めば、心は消え入らんばかりに寂しい」

同月六日――「膣外は愛液の量ものすごし。ボタリボタリとホテルの床に落下する水滴の音、相応ず。今日は終日性欲たちこめて、乳房に挟まれながら吸い込まれた陰茎、永久の膣に入りたらんごとく。セックス後、休憩コースだったラブホテルを出てドライブする。路肩に止めて黙坐し、フェラチオ。射精後、『神』眠る。小休止より出でて自宅に戻る。神待ち女性がベッドを専有して眠る。おりおり勃起しめやかに下着を膨らませ、神待ち女性の横をシコりゆく音静かなり」

同月七日――「昨夜の神待ち女性、今朝、なごりなく消え去り、現金、預金通帳、カード類、見当たらず。銀行、カード会社に電話して不正利用対策。ATMの前に立ちて利用を望めば利用停止により途方に暮れること必須。再発行の手続きの面倒さが聳える」

同月十三日――「神待ち行為激化。性欲頂点に。しかし、サーバー落ち掲示板繋がらず。白濁、しきりにティッシュに包まれる。車を出して新山口駅周辺を走らす。女性たち、帰る家や目的がはっきりしているように見える。神待ち女性見当たらず。ああ、神待ち掲示板、沈黙す。しかも、耳を澄ませば遠きかなたの貧困神待ち女性の苦しむ声がする。はたして」

同月二十日――「美しき朝。神待ち女性からの書き込みは一切なく、神待ち掲示板は数年前に閉鎖された掲示板のログを眺めているかのごとく悠久の表情を浮かべて固定されている。神待ち女性の回想。記憶のなかの神待ち女性器が濡れそぼり、乳頭は針のごとし」

同月二八日――「出会い交渉つつがなく成功。夜十二時、神待ち女性の膣締まり、きゅうきゅうという音を出すようであり、精嚢うごめき、精迸る」

神待ち女性とのセックスの機会は縦横に広がっていく

神待ち女性とのセックスの機会は縦横に広がっていく

昔の神待ち掲示板は神待ち少女の肉体という背徳的な快楽をもって絶倫のエロスを鳴らしたように言い伝えられているが、今の神待ち掲示板の神待ち女性は成人女性である。

成人の神待ち女性はいまの神待ち掲示板の特色といってよい。性行為はおもに合意の上であれば法に触れることもなく、成熟した肉体をわずかに愛撫するだけで膣は濡れ始め、乳首はピンと立つばかりの萌え立つ喘ぎの変化が神待ち女性の肉体にいっせいに起こり、毛穴の隅々にいたるまで敏感に感じている女体を通して、さまざまな性的反応をしめすその卑猥さは未成熟の少女とは別種の詩趣がある。

六月二十三日の記に「ツイスターゲームに興じる」とあり、七月六日の記には「神待ち女性の横をシコりゆく音静かなり」と書いてある。これは同じ神待ち掲示板の記録であるが、その体験は、ひとくちに同じ神待ち体験とは言い難い。

神待ち女性に贅沢な食事を奢って紳士的に振る舞ってラブホテルに連れ込むか、宿無しであることを逆手にとって半ば強制的にラブホテルに入ってしまうか、あるいは、またただちに自宅へと向かう路をすすむべきか。自分はその選択でためらったことがしばしばある。

しかし、それによって自分が途方に暮れたか、というと、否であり、決して困ったことがない。なぜならば、神待ち掲示板を縦横に走っている路は、どれを選んでいっても、自分をそれぞれの射精に導く、ということを経験を通して知っているために、私は神待ち掲示板に失望するということがないからだ。

神待ち掲示板を利用する「神」は、神待ち女性の選択に迷うことを苦にしてはならない。どの路でも陰茎の指し示す方向へゆけば、そこに、愛撫すべく、口吻すべく、挿入して快楽を与えるべき神待ち女性がいる。神待ち掲示板における快楽は、ただその縦横に通ずる幾千条のネットワークをあてなく検索することによって初めて獲られる。

膣、乳、唇、舌、尻、臍、指、髪にも、若い女性にも、熟年女性にも、独身者にも、既婚者にも、帰宅困難女性にも、性的欲求不満女性にも、ただこの神待ち掲示板をだらだら検索して思いつき次第に出会い交渉をしかけ、食事をしながら性交渉を持ちかければ、随所に「神」を満足させる快楽を見出すことができる。

これがまた神待ち掲示板の特色であろうと私はしみじみ感じている。神待ち掲示板をのぞいて、日本にこのようなセックスの機会がどこにあるのか。セックスと金銭とがこのように密接しているところがどこにあるのか。

書き込みから黒い性欲が立ちこめている。その間を山口県の『神』の者、数百人が駈け廻わって出会い交渉を仕掛けている。神待ち女性のいろいろの事情が彼方此方に並んで投稿されている。これが小さな神待ち掲示板、小さな性の最前線である。

ラブホテルに入るとすぐ寝てしまう神待ち女性がいるかと思うと、夜の二時ごろまで鎮まらぬ性欲を持て余してセックスに情熱を見せる神待ち女性がいる。

家の壁が薄くて隣の部屋でセックスする同棲カップルの喘ぎ声が往来まで聞こえる。完全な壁ドン案件の隣家が山口の神待ち掲示板を利用する「神」の欲求不満の住家であり、彼らのセックス音によって強制的にムラムラさせられた「神」は、毎朝早く「出会い交渉成立!」と嗄声で叫んで新山口駅のほうへ向かって出かける。

出会い交渉が成立すると、もう待ち合わせ場所に向かうためにエンジンを吹かしている。ラブホテルのベッド上では「神」が眼に見える位置に精液を撒き散らす、だんだん臭くなる。

砂埃が神待ち女性送迎用の自家用車の轍に煽られて虚空に舞い上がる。それらの砂埃が、見捨てられた神待ち女性たちの頭上に降りかかる。「神」の群が往来を横ぎってラブホテルからラブホテル、女性器から女性器へ挿入してあるく。十八歳未満の危険な誘いがかすかに聞こえて、どことなく空のかなたで警笛の響きがする。

山口の神待ち掲示板で神待ち女性がぽちぽちと書き込みしてゐるのでありました

山口の神待ち掲示板を使うようになった僕が最初に詠んだ歌は「神待ちを遊びごとだと思ってるそのペニスこそあはれなりけれ」というものです。僕の「神」としての姿勢は、この一首の中に凝縮され、現在まで一貫されているといっていいでしょう。

その姿勢がどのようなものであるか、というと、神待ちは技巧的な領域では収まりきらない部分がどうしてもある、神待ちをテクニックとしてのみ捉えることは不可能である、ということになるのではないでしょうか。

「金くれと神のたもとにせがみつくその神待ちおめこにもなりてみたけれ」というのもありますが、これは「神」としてまだキャリアが浅いころの手によるもので、いくばくかの金銭的支援で股を開いた神待ち女性という存在に対する驚きと動揺、多少の軽蔑が滲み出ている一首であるように感じられます。じつに若いという印象がぬぐえません。

「女みなを犯してみたき我が心その心我に神を示せり」という一首を歌う頃には、すっかり「神」としての自分はすでに完成しており、神待ち女性の膣内に射精するそのたびに「神」としての自分をより強化する段階に至っていたと見てまず間違いないありません。

ところで、神待ち掲示板の「神」として体験を重ねるごとに、僕の体験談からは澄んだ詩的言語が失われていくばかりです。僕の言葉が日に日に濁って膨張した散文の領域へと落ち込んでいくのは、やはり「神」としての僕の精液が白く濁っていることとおそらく無関係ではないでしょう。

神待ち女性のMさん

祈るよりほか、わたくしに、すべはなかった

神を待つ掲示板のはるか彼方に小石ばかりの書き込みがあって、それに「神」はしこしこと、しこしこと出会い交渉をしかけているのでありました。「神」とはいっても、まるで尿道結石かなにかのようで、一億の子種の個体の一匹のようで、さればこそ、しこしこと、しこしことかすかなメールを送っているのでした。

神待ち体験談とはいえ、書かんとしているのは私や神待ち女性の性的概観であり、死生観であり、世界観の概略であるのですから、ここで、神待ち女性との出会いや、セックスの末に射精することについて、少しばかり触れておく必要があるでしょう。

「神」の男性は気持ちいいから射精するのであって、射精するので気持ちいいのではありません。気持ちいい場面では、「神」は寧ろ苦虫を潰したような苦悶の表情を浮かべます。膣内にその精を吐ききると、やがて弛緩しきったアクメ顔を晒すことになるのですが、苦虫を潰しているところが「神」にとっての快楽世界で、アクメ顔はもはや生活世界だと言えます。

「神」は、射精の「あぁ!」という瞬間の、「あぁ!」を表現するかわりに、「あぁ!」と呼ばしめた当の対象である神待ち女性を体験談として記録しようとしたと想われます。おそらく、これが叙事体験談の叙情体験談に先立って発達した所以であるでしょう。

しかし、射精の瞬間の「あぁ!」なる白い叫びと、そう叫ばしめた対象である神待ち女性とは、直ちに一致していると言い難いものがあります。「神」の「あぁ!」という叫びは、性そのものであり歌であるわけです。

この性そのものである白い叫びがただただ強烈な人だけが、性を喜ばせる体験談を遺したのです。神待ち女性に何を食べさせたか、だとか、神待ち女性の事情を詳細に綴った体験談の発達は、性と歌とを衰えさせ、性の歓びを減退させてしまいました。

性的に歓べなくなると人は深淵に面する。深淵を覗くならば、深淵もまた等しくおまえを見返す、という意味は、性的に歓べなくなるとき、それは神待ち女性からの性の歓びを見出すこともできなくなるということでもあります。

僕は「神」です。ですが、僕は神待ち掲示板で出会った神待ち女性を通して神性よりも、ユマニテを感じたいと考えています。ユマニテを感じながら射精する人でなければ、体験談は生まれないし、また、出会い交渉も成立しない、ということを私は疑いません。

神待ち女性のMさんに向けた出会い交渉メールが好意的に受け止められたのは、僕がこのようなユマニテによって突き動かされるままに練り上げた言葉を彼女のスマートフォンに送ることに成功したということと同義であり、了承の返信が返ってきて出会い交渉を無事に成功させたのは、僕の「神」としての言葉が彼女の魂の最深部にまで届いた証拠であるといってもよいでしょう。

これから夏の日の陰茎は、無言ながら出発します。自らの、前立腺の中へです。

Mさんの神待ち女性器の奥にザーメンを注ぎ込む

Mさんの神待ち女性器の奥にザーメンを注ぎ込む

さて、今日はよいお天気です。下関駅周辺の片側は翳り、片側は日差しをうけて、あったかい。待ち合わせ場所に歩いてゆく私はもはや此の世のことを考えず、さりとて身体の上を通り過ぎていった神待ち女性のことも考えてはいないのです。

二十八歳のその神待ち女性はクラミジアやみでふくらはぎが細く、街路樹のように、人が通らない下関駅前の歩道に沿ってひっそりと立っていました。神待ち女性の名前はMさんといいました。夏でしたから汗をかいていたのでしょう、分厚い化粧が流れ落ちて彼女の目尻からは黒の涙が流れ落ちているようでしたが、のちに、ラブホテルに入ってからシャワーを浴びたらとてもきれいな顔をしていました。

Mさんはセックスをすればクラミジアが感染するからといって、かぼそい声でセックスを拒みましたが、僕は神待ち女性とのセックスで性病に感染することは恐れていない、むしろ歓迎しているくらいだ、と答えることしかできませんでした。

何も、夭折への強い願望があったというわけではありません。ただ、僕には、Mさんのかぼそい声がベッドの上でどのような喘ぎ声に変わるのか、ということに対する強い興味だけがあったのです。いや、それだけに興味があった、といったらおそらく、僕は真実を伝え損なうことになるでしょう。

僕は、オフショルのファッションに身を包んで強調されたMさんの、ポプラを想わせるスレンダーな体型のなかでひときわ目立つ張りの良い乳房に対して抗いがたい魅力を感じていたのです。なんなら、性病にならないためなら、膣への挿入やオーラルセックスを避ければよいだけなのであって、彼女の乳房を揉みしだくことができただけでも、私はそこから性的言語の源泉を際限なく汲み取ることができたでしょう。

とはいえ、乳房を揉みしだいたことによって激しく勃起した陰茎を、Mさんの膣にねじこむことを我慢できるのか、というと、そのような克己心は自分にはまるで見いだせず、彼女のヴァギナにペニスを突っ込まないという絶対的な自信はありませんでした。

下関の「ベルベル・ソル」でサイコロステーキを食べ、たまにサイコロステーキの一欠片を転がし「骰子一擲」などと呟きながら、僕は、目の前の神待ち女性を見ておおよそそのようなことを考えていました。

何回戦かありまして真っ白な膣外射精がありました。何回戦かありまして膣内は痙攣しました。何回戦かありまして、今夜ここでの一盛り、ラブホテルのRITSは最上階、そこからは関門海峡が一望されました。そこに一つのブランコのように関門橋がかかっていました。

Mさんのヴァギナにペニスを挿入し、ピストンをしながら、僕は「私の聖女性器!とにかく私は精を吐いた!おめこが締りをゆるめてくれないので、とにかく私は参ってしまった。それというのも僕の陰茎が真直でなかったからでもあるが、それというのも私が遅漏ではなかったからでもあるが、私がおめこを愛することがごく自然だったので、おめこも私を愛していたのだが……おお!私の聖女性器!ごく自然に、だが自然に射精できるということはそんなにたびたびあることでなく、神待ち女性の誰の膣にでも許されているというわけではないのだ!」という叫びをあげていました。そのような叫びをあげて気を散らしていなければ、いますぐにも膣内射精してしまいそうだったからです。

そんな僕の言葉を受けてMさんは「その時はコンドームをつけていてはいや、その時はコンドームをつけていてはいや。ただ静かに黙ってその陰茎を前後させて、私の膣に射精してください。気遣われるのはいや。たとえ、私のために気遣われるのでもいや。ただはららかにはららかにスペルマを含み、はげしく抽送運動してください。もしも、精子が流れてきたら、いきなり私の上にうつ俯して、それで私に膣内射精してしまってもいい。すれば、私は心地よく、うねうねの悦楽の径を登りゆく」と一息にまくしたてると、まぶたを痙攣させるようにして絶頂へとのぼりつめていきました。

頭逆さに手を垂れたMさんの、後背位の汚れ女性器に男根の根本をひとつきすると、今迄流れてもいなかった膣中に、精液は、どぴゅどぴゅと、どぴゅどぴゅと放たれてゐるのでありました。

汚れつちまつた神待ちに今日も白濁が降りかかる。汚れつちまつた神待ちに今日も陰茎さえ突き刺さる……。

神待ち掲示板では山口の女性たちが神を探している

神待ち掲示板を使ってみると次第に明らかになってくるのですが、山口で神待ちをしている女性の数は想像以上に多いと言わざるを得ません。

山口の神待ち女性たちは、神待ち掲示板で神の登場をひたすら待ちわびているのです。

傾向としては、「神待ち女性」の数に比して「神」である男性の供給が足りない状況が続いているようにも感じられます。

山口の神待ち掲示板を使う神待ちの女性たちを放っておくわけにはいきません。

一人の男性であるという前に「神待ち女性」の「神」である私たちは、率先して神待ち女性にアプローチをしかけて、彼女たちに救いの手を差し伸べるべきなのではないでしょうか。

山口の神待ち掲示板をさまよう神待ち女性と出会って「神」になるタイミングは今をおいて他にはないかもしれません。

神待ち女性と泊まりたい山口のラブホテル

山口の神待ち掲示板で神待ち女性と出会った場合、自宅に泊めるというのもアリなのですが、個人情報漏洩や盗難被害などの危険性を考えると、ラブホテルを利用するに越したことはありません。

山口のラブホテルはこれといって特筆すべきものがありませんが、全体的に使いやすく、神待ち活動においては、どのラブホテルを使ってもおおむね満足できるでしょう。

“HOTEL H&G”は、セックスの略語であるHと「神」の頭文字であるGが冠されていることから、神待ち御用達のラブホテルとして重宝することになるでしょう。

一方、“ホテル L&Aパラダイス”ですが、LやAというアルファベットに「神」にまつわる要素が見出すことができないからといって神待ち女性を連れ込んではいけないというわけではありません。むしろ、神待ち女性を連れ込みまくることにより、無縁であるアルファベットが「神」側に寄ってきてくれる可能性もあるでしょう。

“HOTEL ポシェット”を利用して女性器に男性器をねじ込んでたっぷり楽しんだあとは、神待ち女性が肩からぶら下げているかわいらしいポシェットに当座の生活費をそっとねじ込んであげましょう。

“HOTEL FOREST”では神待ち女性の森林を思わせる陰毛の隙間から差し込む太陽光がクンニリングスを敢行する「神」の男性の眼を細めさせることになるでしょう。

“ホテル ファイン”ではハイコンテクストな神待ち女性と出会った際に純粋セックスを楽しむ場所としてオススメです。

流行に敏感で陰茎の先端以外の場所も最先端でいたい、という「神」の男性ならば“ヴォグワン”の利用を避けることができないでしょう。

“ホテル BLESS”にて神待ち女性とのセックスを終えた「神」の男性は、「神」でありながら、「ゴッド・ブレス・ユー」の一言が飛び出してしまうかもしれません。

神待ち掲示板という閉じられた体系のなかで神待ちという行為に自覚的であり、意識的に神待ちそれ自体を表現する神待ちを目指すのであれば、“エスパシオ”を利用することで神待ち空間としか言えない空間が途方もない広がりとともに収縮していくことになるでしょう。

“ホテル ルネ・ラリック”を使うことによって、神の男性のペニスはアール・ヌーヴォーを彷彿とさせる有機物による装飾が施された意匠となり、神待ち女性のヴァギナはアール・デコの影響を受けた幾何学と原色を基調にした機能的フォルムを獲得することになります。

それにしても、神出鬼没の“おとぼけビーバー”は山口にも現れるというのですから、まったく驚かされます。